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XXXの仮想化輪廻 - Extra

Prologue

「私は『めでたし、めでたし』で終わる話が好きなのよ。本当はね」
 
 金の鱗に覆われた腕で八弦琵琶の弦を一つ鳴らし、『紫苑の魔女』アリス・ルナイトはそう言った。
 彼女は、現在の楽園が女神ユーリスによって創造される以前――異端研究者の間では「存在しない時代」と呼ばれる、歴史から抹消された時代から生き続ける、不老不死の魔女だ。
 旅の吟遊詩人として各地を漫遊する魔女は、遥か過去から現在に至るまでの、ありとあらゆる出来事を「御伽話」として物語る、楽園の観測者にして歴史の語り部であった。
 それがどこまで真実かは横においても、アリスは確かに「存在しない時代」を知っていた。失われた言葉を操り、当時の文化や風俗を語り、そして、時折、もうここにはない風景を眺めるように、その透き通った紫苑の瞳で遥か彼方を見つめるのだ。
 そんな彼女の言葉は時に私の理解の外側にあって、だからその時も、私は彼女に問うたのだった。
「『めでたし、めでたし』とはどういう意味だ?」
「言葉通りよ。御伽話は、その一言で終わるものじゃない。でも、現実はほとんどそうはならない」
 アリスは赤みを帯びた銀の髪を肩の上で揺らし、傍目から見れば少女にも見える顔を、ほんの少しだけ曇らせる。
「そうはならないのよ。英雄は己の守ろうとした民に殺され、お姫様は権謀術数の只中に突き落とされて擦り切れていく。世界を変えた少年は、平穏な暮らしを取り戻しはしたけれど、大切な人からは引き離されてしまう」
 そういうものなの、とアリスは苦笑する。
「だからこそ、だからこそね、ダリア」
 
 あなたには、幸せになってほしい。
 
 アリスはそう言ったものだった。
 そこに篭められた万感を、正しく受け止めることはできなかった。私はアリスではなく、彼女の旅路を知らない。だから、彼女が私にどのような思いをかけていたのか、永遠に知ることはないと思っている。
 ただ、一つだけ。
 一つだけ、はっきりと言えることはあった。
「幸せになるさ、絶対に」
 私は、私自身の幸せを迎えるために、今まで生きてきた。もちろん、この望みが叶うかどうかは未知数だ。もしかしたら、望まぬ結末を迎えてしまうのかもしれない。
 しかし、少なくとも私は、成功を疑わない。今から私が疑ってしまっては、成功するものも成功しなくなるというものだ。これが仮に奇跡のような可能性であったとしても、奇跡とは、己を信じ、理想に向かって全力で邁進する者が己の手で掴み取るものであると、私は信じている。
 信じて、いるのだ。
 アリスも私の応えに、ふと、口元を緩めた。そしてもう一度、八弦琵琶の弦を爪弾く。短い旋律は、私の知らない、きっと遠い時代の音楽。
「そう、いつもそうだった。あなたは、自分自身を疑わない。そういうところを、好ましく思うわ」
 歌うように言った彼女は、不意に、私のよく知る言葉ではなく、彼女がかつて語っていたという言葉で、囁いた。
 
『とびきりのハッピーエンドを、期待しているよ』

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