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XXXの仮想化輪廻 - Fatal Error

Layer_xxx/ Fatal Error(2)

 道の終わり、少しだけ開けたその場所に待ち構えているのは、光だった。
 四角く切り取られた光は、それが外の世界への「入口」――もしくは「出口」であることを、はっきりと示している。
 崩壊の端もクロウリー博士が繰り出すお化けも、まだここまでは届いていない。あれだけめまぐるしく移り変わっていた混沌とした風景は終わりを告げ、この場所だけはただ色の無い、だからといって完全な闇というわけではない、不思議な明るさの空を映し出している。
 この光の中に飛び込めば、試行は終わる。僕はきっと、外の世界で目覚めることができる。
 けれど――。
『……ユークリッド。あれは』
 空から降ってくる――否、光の向こう側からはっきりと聞こえてくるダリアさんの声は、硬かった。ただ、意外さに驚くというよりは、単純に事実を確かめようとする響きだけがあった。
 そして、僕もさほど驚いてはいなかった。シスルさんの言葉で予測もしていたし、何となく、走っているうちに腑に落ちたのだ。
 もし僕が彼ならば、きっと、どんな手を使ってでも僕らの前に現れるだろう、と。
 だから、僕ははっきりと、光の前に立ちはだかる彼の名を、呼ぶ。
「ヒース・ガーランド。僕のオリジナルです」
 ヒース・ガーランド。
 このプログラムの始まりとなる人物。本来は僕がそうなるべきだった人物。それでいて、僕がそうなることを否定した人物。故に、本来はここにいるはずもない、人物。
 そのヒースは、僕とは色の異なる髪を肩の上で揺らし、銀糸の刺繍が施された儀礼用の外套を翻して、僕らに向き直った。ホリィともどものトレードマークであった、光に弱い目を守るための網膜保護装置はつけておらず――僕が不要なのだから、この仮想空間では特に意味のない代物なのだろう――僕と同じ顔を、皮肉げな笑みに歪ませた。
「正確には『オリジナル』とも違いますけどね。僕だって、記録から形作られたかりそめの存在、単なる再現に過ぎません。とはいえ、この場においていちいち明確に区別するのも億劫ですし、便宜上ヒースと呼んでいただければ結構です」
 そう言って、くすくすと笑う便宜上ヒース。僕もヒースの記録を持つ以上嫌というほど知っているが、ヒース・ガーランドという人物は、まあ、何というか、人を食ったようなところがあるから、こういう緊張感の無い反応は想像していた。
 ただ、実際に目の前にすると想像以上にいらっとするな、これ。反面教師っていい言葉だと思う。
 ダリアさんもヒースの反応には少々呆気に取られたようだったが、すぐに声のトーンを引き締めて問いかける。
『では、ヒース。……このプログラムを崩壊させたのは、君か』
 ヒースは、少しだけ顎を引いて「ええ」と答える。
「そうですね、タイムリミットまであと少しありますし、その辺りは種明かしをしておきましょうか」
 言いながら、ヒースは虚空に手を翳す。そこに現れたのは、クロウリー博士が見ていたのとよく似た、無数の数字が流れてゆく画面であった。おそらくは、このプログラムを構築する情報に違いない。
 その半透明の光の画面を透かしてこちらを見たヒースが、言葉を続ける。
「そもそもこの再誕儀式プログラムは、カメリア・クロウリー博士の主導による『死者の完全なる復元』の実験でした。老衰で死亡した僕の複製体を作成し、そこに寸分変わらぬ『僕』の人格を植えつけるという実験。何故僕が選ばれたのか、その理由は既に君もダリアさんもご存知でしょう」
『……生涯に渡って、己とその周囲に関する膨大かつ精緻な記録を残した、と』
「ええ。僕はまあ、ダリアさんもご想像の通り、ホリィのように従順に振舞うのが苦手でしてね。苦手……というより、ホリィと同じように振舞っても意味が無い、と考えたからではありますが」
 ダリアさんの言葉に、ヒースはほんの少しだけ自嘲気味な苦笑を混ぜた。
「僕らガーランドは、何よりも己の『価値』を証明しなければなりませんでした。ゆるやかに、しかし確かに滅び行く世界の中で、ただでさえ少ないリソースをつぎ込んで造られる、どのような環境にでも適応する新人類。そう定義された僕らは、最低限、自分たちが役に立つということを示さなきゃ、生きることが許されなかったんですよ」
 ヒースの言葉を聞いて、ダリアさんは、深い嘆息と共に苦々しい唸りを漏らす。
『ただ生まれて、生きていくだけでは、許されなかった。そういう時代があったんだな』
「もちろん、中でも僕らが限りなく特別ではありましたが。ともあれ、僕は、理想的な兵隊としての『価値』を証明したホリィとは別の形での価値を己に付与することを選びました。それが、記録者としての価値です」
 生前はもうちょっと色々やってたんですけどね、とヒースは苦笑と共に付け加える。実際、客観的に見るならば、ヒース・ガーランドという人物は、決して無能などではなかったはずだ。
 ――それが、時の統治機関、つまり彼を造った側の利になったかどうかは、別として。
「僕は全てを記録することに専念しました。僕のこと、僕を取り巻く世界のこと。何もかも、何もかもを。当時唯一の『つくりもの』当人の記録をもって、僕はガーランドの名を持つ人造人間一族の一員足りえたのです。それだけで、よかったんです」
 それだけで――。その一言に、ヒースの万感が篭められているように聞こえたのは、決して、僕の思い違いではないはずだ。ヒース・ガーランドがそういう人間だということは、多分、今なら僕が一番よく知っているのだから。
「しかし、その『記録』を利用しようとしたのが、クロウリー博士です。彼女は僕の遺した記録から、当時死の縁にあった僕という人間を再現することを思い立ったようです。……僕の記録が先にあったのか、彼女の思い付きが先にあったのか。それは僕の知ったことではありませんが」
 そして、この仮想空間が生み出された。
 ヒース・ガーランドという死者を、もう一度この世に蘇らせるための、記憶の塔が。
 ヒースは己の胸に手を当てて、瞼を伏せる。長い睫毛が、淡い影を落とす。
「しかし、ユークリッド。僕の記録を網羅したあなたならよくよくご存知でしょう。僕は」
「……再誕など、望まない」
 知っている。嫌というほど。彼と僕とを割り切った今ですら僕の内側でざわめく、外の世界への忌避感。これは僕――ユークリッドではなく、ヒース・ガーランドが「感じるであろう」感覚だ。
『君は第三試行で言っていたな。「都合のいい奇跡など望まない」と』
「それは、正確には僕ではなく、三人目のユークリッドの感想ですが、僕の思想であることには変わりありませんね」
「……三人目?」
 不意に、引っかかる言葉が出てきた。今までの流れで何となくは想定していたけれど、僕自身ではどうしたって確かめることのできなかった、こと。
 この試行が、実際には何度目かの試行であるらしいこと。
 ここにいる僕が、最初のユークリッドではないということ。
 ヒースは、どこか含みのある笑顔で僕の疑問を肯定する。
「そう、君は四人目のユークリッドです。僕の記録を辿って『ヒース・ガーランドになる』ために形作られた、いわば『僕の雛型』である君は、試行が失敗するたびに初期化される。そうして消えた君が、今までに三人いるということです」
 その言葉に、微かな違和感を覚える。その違和感の正体は、探るまでもなかった。四方を壁に囲まれた部屋で目覚めて、声をかけられたその時から、僕の頭の中にかろうじて引っかかっていたもの。頼りなくも、何よりも大切だと確信していたもの。
「……でも、僕は、断片的にでも覚えていました。ダリアさんのこと。君の記録に存在しないはずの、大切な人のことを」
 そう、ヒース・ガーランドはダリアさんを知らないはずなのだ。仮にヒース曰くの「雛型」である僕にヒースの記憶――実際「知識」や「常識」と呼ばれる一部は最初から身についていたのだ――が一部でも残されていたとして、ダリアさんを知っているはずはないのだ。
 僕の言葉を受けたヒースは、どこか人を食った表情を一旦消して、ただ穏やかな微笑とともに頷く。
「そうですね。ダリア・シャール・バロウズ。その名を持つ女性は、君の指摘どおり、僕の記録には存在しません。つまりこの塔が再現すべき『僕の生涯』には何一つ関わりの無い人物です。それを四人目である君が記憶していたということは、過去の試行そのものの記憶が、何らかの手違いで君に残された、ということです」
「手違い?」
「手違いというより、一種のバグですかね。クロウリー博士の想定の外側。もしくは間隙。記録を再現して人格を組み立て、肉体に転写する――仕組みそのものは完璧ですが、設計思想そのものに無理があるんですから、そういう『穴』があるのは当然でしょう」
『完璧なのに無理がある、というのはどういうことだ?』
 ダリアさんの問いに対して、ヒースはゆっくりと首を横に振り、大げさに肩を竦めてみせた。これは、いつの間にかヒースの癖になっていた、シスルさんの物まねである。
「だって、このプログラム、どう考えたって無限ループなんですよ。試行の結果として形成される僕は再誕を望まない。クロウリー博士は僕を再誕させようとしている。その均衡が崩れない限り、延々と繰り返す以外の選択肢は無いんです」
 事実、そうなりかけたのだ。僕は過去の試行を明確には知らないけれど、ダリアさんはそれを自分の目で確かめているからだろう、小さく唸って言う。
『だが、今回だけは違う結果が導かれた。……いや、そもそも、最初から何かが違ったんだ。ユークリッドは過去の試行を記憶していたし、世界は徐々に崩壊を始めていた』
「ええ。それこそが、このプログラムに表出したバグなのです。ダリアさん、あなたが観測を始めることで、少しずつ水面下で広がっていた異常が、今回の試行で確かな形となって現れた」
 ヒースはもう一度、とん、と。己の胸を、手で叩く。
「それが、ループを断ち切って、このプログラムそのものをぶち壊しにしようとする、ヒース・ガーランドという人格を持つバグ――つまり僕なのです」

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