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XXXの仮想化輪廻 - Side: Dahlia

Layer_2/ Adolescence(2)

 二人。
 その宣言に、背筋がぞくりとする。
 もはや、この階層においては私も単なる観測者ではない。守護者に挑む挑戦者なのだと、シスルから放たれる鋭い気配が物語っている。今ばかりは、モニタの横についた手が汗ばんでいることが、ユークリッドに伝わらないことだけがありがたい、と思う。
 実際にお互いの手が届くことはないとわかっていても、私たちは今や二人で一人なのだと、私の判断がユークリッドの可能性を摘み取る可能性もあるのだと、言外に突きつけられている。それが、わかってしまったから。
 刃のような冷たい気配に反し、あくまで柔和な態度のシスルは、穏やかな笑みを口元に貼り付けたまま続ける。
『さて、今回のゲームはいたって簡単』
 宙に浮かべた鍵を手袋に包まれた指が弾く。くるくると回る煌く輪は、灰色の世界に七色の光を撒く。君がこの町で過ごした記憶を閉じ込めたままに。
『ゲームの名前は「かくれんぼ」だ』
『かくれんぼ……、ですか? 物陰に隠れた人を鬼が見つける、という遊戯ですよね』
 私の知識としては一般的な子供の遊びだが、どうやらユークリッドの持つ常識からしてもほとんど変わらない認識であるらしい。シスルは『その通り』と笑顔で答える。
『今回はアンタが鬼だ、ユークリッド。私はこの鍵を持って、この町のどこかに隠れる。アンタがそれを探す。見つけられたら、アンタの勝ち』
『……見つけられなかったら?』
 ユークリッドの緊張に満ち満ちた問いに対し、シスルはいたって簡単に言い放った。
『それまで、永遠に彷徨うことになるな』
 永遠。その言葉の重さにユークリッドは眉を顰める。そう、シスルはガーデニアのように激情を強烈な力としてぶつけてくることはないが、記憶の鍵を守護する者として、試練として定めたゲームのルールには極めて厳格だ。きっと、かつての君が記憶していたシスルという人物が、元々そういう性質だったに違いない。
 そのシスルが「永遠」というなら、まさしく永遠なのだろう。ユークリッドの勝利以外に、ゲームの終了はありえない。
『とはいえ、私を含め、この塔は全てアンタの記憶を取り戻すための仕組みに過ぎない。アンタが記憶を取り戻すことを諦める、と宣言すれば、ゲームは終わるはずだ』
『その場合、僕はどうなるのですか?』
『さあな。試してみたらどうだ?』
 シスルは三日月のように口元を歪めて、意地悪な笑みを浮かべる。当然、君が諦めてしまえばゲームどころかこの試行そのものが終わる。つまり、今、ここにいるユークリッドは初期化されてしまう。それを私が君に伝えることはできないが、私が言うまでもなく、ユークリッドは嫌な予感を感じ取ったのだろう、首をぶんぶんと横に振った。
『やめときます。……僕が、シスルさんを見つければいいんですよね』
『ああ。そうそう、私は優しいから、捜索範囲は限定しておいてやろう。流石にこの町全域を探すのはアンタにも荷が重いだろうしな』
 つまり、前回の試行に近いゲームだ。ユークリッドは町に隠れたシスルを探す。前回は隠されたものをいくつか見つけながら、あちこちを移動するシスルを追うというゲームだった分、幾分か楽かもしれない。
 しかし、それでは今までのゲームと何も変わらない。私たち二人で、というならば、それらしい趣向があってもよさそうなものだが――。
『ルールは、それだけですか』
『ああ、アンタのルールは、な』
 シスルは無造作に指を弾く。妙に甲高い音が響いた、その途端。
 モニタが、闇に包まれた。
「――!?」
 思わずモニタを叩くも、応答がない。まさか、モニタが壊れた? こんなところで? 確かにいつ壊れてもおかしくないようなものではあったが、それでも、今ここで壊れるなんてことは、あってはならない。これは、私とユークリッドを繋ぐ、唯一の窓なのだから。
 喉が渇いて、息が苦しい。果たして私に直せるのか、と思ったその時、明瞭なシスルの声が響き渡った。
『今、観測者側の権限を制限させてもらった』
 制限。その言葉に、体の内側を焦がしていた焦りが食い止められる。くつくつと笑うシスルと、困惑の声をあげるユークリッドの声だけが、ヘッドフォン越しに私の耳に届く。
『……制限、とは?』
『視覚をはじめとした権限の制限。そして、これから音声の送受にも制限をかける。つまり、このゲームでは、ダリアの助言は無いものとして考えてくれたまえ』
 助言が、できない。その言葉には、背中に冷や水をかけられた気分になる。いくら記憶の一部を取り戻したとはいえ、ユークリッドは自分の能力を完全に理解しているとはいえない。それに。
「シスル、それでは、ユークリッドに何があっても助けられないではないか!」
 観測者には、入り組んだ道の先へと導くため、次から次へと迫る危機を回避するための、いくつかの権限が与えられている。私からその権限が剥奪されたとしたら、ユークリッドは、敵しかいない空間に一人で放り出されているのと変わらないではないか。
 ――しかし。
『そう、助けさせないために、さ』
 シスルがどんな表情をしているのか、私には見えない。見えないが、だからこそ、その声は一言一言がはっきりと私の脳裏に刻み込まれる。
『私がこれから試すのは、君たち二人、それぞれだ。確かにダリア、アンタはユークリッドへの強い思いを抱いている。そしてユークリッド、アンタはダリアの言葉に応えようとしている。だが』
 ああ、そうか。
『アンタたちを引き離した時、お互いに何を思うのか。その状態で試練を与えられた時に、乗り越えることができるのか。特にユークリッド、この条件下でアンタがどう行動するのか、試させてもらう』
 シスルは、意味のないゲームはしない。前回、一見理不尽なゲームでユークリッドに「死」を意識させたように。今度は、お互いに「相手」を意識させようというのか。お互いの繋がりをあえて断つことで。
『もちろん、この制限はゲームをクリアしたとき、つまり隠れた私を見つけた時には解除する。まあ、無事見つけられたら、の話だがね』
『無事……というのは?』
『このがらんとした町の中を、ただ闇雲に探すのはつまらないだろう? 当然、スリルやハプニングだって盛りだくさんさ。そういう風に設定させてもらったからね』
 愉快そうな歌うような響きに反して、言葉の内容はいたって物騒だ。ユークリッドはもって回った言い回しに含まれるものを的確に読み取って、苦々しい声で返す。
『つまり、この階層にも、先ほどの階層で現れたお化けのようなものが、徘徊しているということですか』
『もちろん。何、安心しろ、何があってもすぐにゲームオーバーにはならないさ。この塔は、そういう仕組みでできている。要は「諦めさえしなければ」いい』
 簡単に言ってくれるが、この条件では、何かあった時――ユークリッドに死がもたらされた際にも、私はユークリッドに干渉することが許されない。痛みと死の恐怖とに苦しむ君に、言葉一つかけることもできないのだ。
 君が仮に心折れそうになったとしても、私は、何もできないのだ。
 ちりちりと、胸に痛みが走る。始まる前からこれでは、先が思いやられる。落ち着かなければ、と思うのに、身を焼くような感情が上手く抑えられない。
 私に何が起ころうがそれは構わない。だが、一時的にでもユークリッドとの繋がりを断たれ、ただ結果だけを待てと言われたも同然なのだ。仮にその結果、君が諦めてしまったとすれば、私は――。
 その時。
『それに、この程度でアンタが諦めるなら、誰が何をしたって結末は変わらない』
 シスルは、高くも低くもない、しかしよく響く声で宣言する。
 その言葉に、あれだけ胸を占めていた熱がすうっと引くのが感じられた。
『どれだけダリアが手を尽くしたところで、アンタに意志が無ければ、意味がないんだ』
 ……そうだ。
 これは、あくまでユークリッドの試行である。私は助言をするだけで、最後の最後まで歩いていくのは、あくまでユークリッド一人。その一歩を踏み出すか否かを決めるのは、君なのだ。
 ユークリッドも、その言葉に何か思うことがあったのか、シスルに、というよりは自分自身に言い聞かせるように、ぽつりと呟く。
『僕の、意志、ですね』
 今の私にユークリッドの姿は見えないが、何故か、まざまざと彼の姿が想像できた。普段のどこか頼りなさげな顔ではなく、凛とした横顔で、真っ直ぐにシスルを見据える姿が。
 刹那の沈黙の後、シスルは一瞬前までの張り詰めた声が嘘のように、軽い口調で言い放つ。
『おっと、少しばかりおしゃべりが過ぎたようだな。後は、アンタがゲームの中で見出すことだ。いいな、ユークリッド』
『はい。やってみせます』
 ユークリッドの声は、私が思っていたよりもずっと、はっきりとしていた。シスルも『いい返事だ』と笑みを含んだ声音で返し、ばさりと音を立てる。おそらくは、纏っていた漆黒の外套を翻した音だろう。
『では、そろそろ観測者側の権限を制限しよう。その前に、お互いに何か言いたいことはあるか?』
『あっ、はいっ』
 私が口を開くよりも前に、ユークリッドが慌てた様子で声を上げる。ダリアさん、と私に呼びかける声は、いつになく強く、くっきりと、私の鼓膜に焼きつく。
『大丈夫です、ダリアさん。僕は、諦めませんから。だから、その』
 なかなか、上手く言葉が出てこないのだろう君に、私は今度こそきちんと笑いかける。どうせ顔が見えないのは今までと一緒だ。だから、声と言葉とで、君に応える。
「ああ、君を、信じてる」
 ユークリッドは、一瞬呆気にとられたようだったが、すぐに明るい声で『はい』と返事をする。
 そうだな、私が不安がっていても仕方ないのだ。シスルに試されているのは私も一緒。最後の最後まで、ユークリッドを信じていられるかどうか。それが、このゲームにおける、私の勝利条件だ。
『……ダリア、アンタからはいいのか?』
「ああ。言いたいことは言った。始めてくれ、シスル」
 私の言葉に、シスルは特に返事をしなかった。だが、何となく、微笑んだのだろうということだけは、その息遣いでわかった。
 
『了解した。では――、かくれんぼを始めようか』

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