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時計うさぎの不在証明

なぐもさん

「おはようございます、なぐもさん!」
 八束結は、明るい挨拶の声をかけて、席につく。目の前の席から返事はないが、いつになく満足げな表情でパソコンの電源を入れる。
 南雲彰は、そんな八束を、どこか遠い目で見つめていた。
「そうだ、なぐもさん。今日は来る途中で、猫の集会を見たんですよ。なぐもさんも、一緒に見られればよかったんですけど……」
 返事はなくとも、八束は楽しげに前の席に話しかけ続ける。しばらくその様子を黙って眺めていた南雲も、やがて見ていられなくなり、ソファの上に体を起こして、八束に声をかける。
「あのさあ、八束」
「何ですか、南雲さんだった人」
「だった人……」
 南雲は、隈の浮いた目で、自分の席にでんと鎮座ましましている「なぐもさん」――巨大アザラシのぬいぐるみを睨んだ。
 そのぬいぐるみは、本来、南雲が抱き枕として作ったものだ。八束の身長くらいある規格外の大きさと、すべすべふわふわな触り心地が特徴的な、最高傑作と自負している。
 だが、その最高傑作が、何故か自分の席に座って、しかも自分として扱われているのは、さすがに解せない。
 もちろん、理由はわかっていないわけじゃないのだが。
 八束はつんとした表情で立ち上がると、南雲の席の横に立ち、つぶらな瞳をしているぬいぐるみの頭をふわふわと撫でてみせる。
「いつもソファでごろごろしながら人に仕事押し付けるダメな人より、こちらの方がわたしの先輩としてふさわしいと確信しています」
「そいつは、そこにいるだけで、仕事してくれるわけじゃないだろ……?」
「確かに何もしませんが、大人しく席に座っているだけでも、南雲さんだった人よりはずっと真面目だと思います」
「ごめん、俺が悪かったから、せめて『だった人』は外して」

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