シアワセモノマニア物語終末の国から > つくりものの世界

 

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  中央隔壁外周東地区の片隅。通りの角に位置する店の看板は、すっかり塗装が剥がれ落ちてしまっていて、店名を判別することは不可能だった。故に、その店を知る者の間からは、ただ『人形屋』と呼ばれていた。
  黒のフードで禿頭を覆ったシスルは、今にも折れてしまいそうな扉の取っ手を回す。軋んだ音を立てて開いた扉の向こうには、なんとも奇妙な世界が広がっていた。
  柔らかそうな台座に腰掛ける人形、人形、人形。それらはとても精巧にできていて、呼吸をしていないのがおかしいくらいだった。そのような人形たちが、豪奢な服に身を包み、人が使っているものをそのまま圧縮したような調度品に囲まれて、じっとこちらを見据えている。
  瞬きのない瞳と意図的に視線を合わせないようにしながら、シスルは奥のカウンターに歩み寄り、置かれたベルを、きっかり二回叩く。甲高い金属の音色が店中に響き渡るが、人形は当然何の反応も示さない。
  しばらくそのまま待っていると、やがて店の裏手から一人の老人が顔を出し……シスルの姿を見るなり、ぱっと皺だらけの顔を輝かせた。
「何だ、お前さんか!」
「……出来れば、二度と来たくはなかったんだが」
「そうかそうか、やっと心を入れ替えてくれたか。さあ、遠慮はいらんぞ、こっちへ」
「人の話を聞いてくれ、頼むから」
  勝手に話を進めようとする老人に、シスルは溜め息交じりの制止を加えた。老人は、あからさまな落胆を隠そうともせず、シスルを度の強そうな丸眼鏡の下から睨んだ。
「何だ、そのみっともない格好を今からでも改めよう、という立派な心がけかと思ったんだが」
「私はこの見た目で満足してるんだよ。余計な装飾は必要ない。手入れも面倒だしな」
「余計とはとんでもない。この子たちを見ろ。人の形として創られた以上、人と同じように己を飾り、見目に気を遣うのは当然というものだ。素体のまま出歩くなど、全裸で闊歩する露出狂と何も変わらん!」
  何を言い出すのか、この老人は。老人がシスルの見目に何だかんだと文句をつけてくるのはいつものことなのでさほど気にはならないとはいえ、露出狂、というのはなかなかに愉快な表現だとは思う。大きなお世話だが。
  確かに、ここにいる人形たち――全てが人形師たるこの老人の手によってつくられたものだ――は、誰もが豊かな髪を持ち、円らな目を長い睫毛で縁取り、細い肢体に煌びやかな衣装を纏っている。中身はともかく見かけは彼らと同じ「つくりもの」であるシスルとは雲泥の差だ。
  当然、同じつくりものである以上、今から彼らのような姿になることも、そう難しくはないのだが……と思いかけたところで、思考を遮る声があった。
「ご主人様、お茶の用意ができました」
「ああ、そこに置いておいてくれ」
  音もなく現れたのは、黒と白を基調とした、旧いスタイルの使用人服に身を包んだ少女だった。つややかな黒髪を肩の上できっちり切りそろえ、白い顔に張り付いているのは、まるで面を被っているかのような無表情。
  そんな少女の黒い瞳が、つとシスルに向けられて。
「お客様がいらしていたのですね。ご挨拶もせず、失礼いたしました」
  シスルの異様な見かけに戸惑う様子もなく、淡々と挨拶をする少女。シスルはしばしその顔に見入っていたが、女性の顔をまじまじと見ているのも失礼だと気づき、慌てて視線を逸らして会釈する。
「や、こちらこそ、突然訪問してしまったから……ええと、初めて見る顔だけど、最近雇われたのか?」
「はい」
  答える声に抑揚はない。澄んだ硝子のような響きの中に、微かなざらつきを聞き取る。シスルは、何とはなしに背すじがぞわりとするような感覚を覚えながら、強いて笑顔を浮かべて手を差し伸べる。
「私はシスル。ここの主人には色々と世話になっていてね。麗しいお嬢さん、あなたのお名前は?」
  少女は、長い睫毛を伴った瞼で一つ瞬きをして、シスルの手を取った。柔らかな指先がシスルの手を包むが、そこに宿る温度は、あまりにも低い。
「私の名前は、オリンピアと申します。今後ともよろしくお願いします、シスル様」
  オリンピア。その名前は、確か……シスルは呆然として、握る手の感覚を確かめる。この触感は間違いなく人のそれだ。けれど、けれど――。
  深い、深い、底知れない闇を湛えた黒い双眸がシスルを見つめている。それはさながら、白い面に開いた二つの穴。
「で、シスル。結局、お前の用事は何なんだ?」
  その言葉に、シスルは我に返って手を離し、人形師に視線を戻す。
「あっ……ああ、この前、仕事中に頭部を損傷してな。ドクター・ガラノフの元に人工皮膚の在庫がなかったから、あれば譲り受けたいと思って」
  言って、フードを少しだけ除ける。本来皮膚に覆われているべき場所からは、金属の鈍い輝きが覗いている。生身の脳を守るために頑丈にできてはいるのだが、表皮は人のそれとほぼ変わらないため、軽い衝撃でもあっさりはがれてしまう。
  いつもならば、世話になっている外周の闇医者にして研究者……ドクター・グレゴリー・ガラノフに頼んですぐにでも修復してもらうところなのだが、直すための材料そのものがなければどうしようもない。
  人形師はそんなシスルを一瞥し、既に興味を失ったという様子でひらひら手を振った。
「何だ、そんな用事か。奥にあるから勝手に持っていけ。金なら後でグレゴリーに請求する」
  わかった、と頷くと、オリンピアが「ご案内します」と足音もなく奥へと歩いていく。その、柔らかなスカートを揺らす後姿を見つめながら、シスルはそっと人形師に囁く。
「なあ――彼女は人間? それとも人形?」
  その問いに対して、老人はにぃと黄ばんだ歯を剥いて笑った。
 
「さあ、どっちだろうなあ?」

 

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