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空言ミストノーツ

05:セレスティア

 彼――ということは、男なのか? 顔つきは女のようにも見えるが。年齢が若すぎるせいで、そのあどけない顔立ちと小さくぺったりとした体格から性別を判断するのは不可能だ。
 きょときょとと不思議そうに俺とロイドとを見比べるそいつをよそに、ロイドは淡々と言葉を続けていく。
「彼は、本日からサードカーテン基地に配備される『備品』だ」
「人間じゃねーか」
 どこからどう見ても、人間だ。記術による操り人形の線も考えたが、記術仕掛けの絡繰にしてはあまりにできすぎている。見た目も、反応も。
 そんな俺の反応は十分想定の範囲内だったのだろう、ロイドは深く頷いて言う。
「確かに組成はほぼ人間と等しいが、我が軍では彼を人間としては扱えないのだ。ウインドワード大尉、お前は人工霧航士を知っているな?」
「人工霧航士って、すぐ消えちまう霧航士の代替品として開発されてる、使い回しの利く霧航士だよな。時計台の変態エロ魔女が開発してる」
「変態エロ魔女ってあんたね」
 ごめんロイド、素でツッコませてしまった。ロイドも一拍置いてそれに気づいたのか、小さく咳払いをしてから、モードを切り替えて続ける。
「知っているなら話は早い。彼は、二年前に稼動を開始した、我が軍初の人工霧航士だ。とはいえ、実戦経験はゼロ。時計台で各種翅翼艇の仮想訓練を一年ほど経験したそうだが、実際に翅翼艇に乗ったのは先ほどの『レディバード』が初めてだそうだ」
 初めての翅翼艇で、あの操縦技術か。翅翼艇の操作方法は全機体統一されているとはいえ、操縦感覚はばらばらだ。俺だって『エアリエル』以外を操るには、多少の練習が要る。
 その手の感覚を生まれながらに身に着けていて、しかも人並み外れた――何年も訓練を積んだ霧航士にすらできない飛び方をしていた、人工の霧航士。いずれ来たる蒸発に怯えることもなく、ただ、目指した場所に向けて飛んでゆけるなら。
 唇に痛みを感じて、初めて自分が唇を噛んでいたことに気づいた。そんな俺を、つくりもののちいさな霧航士が、じっと見上げている。感情の見えない、真っ白な面で。
「……見るなよ」
 目を逸らす。だが、視界の端では、なおもそいつがじっと俺を見ていた。止めてくれ、頼むから。
 俺の動揺を知ってか知らずか、というか絶対わかってるのだろうが、ロイドが口元にうっすらと笑みを浮かべて声を張る。
「さて、ウインドワード大尉。ここからが本題だ」
 もはや、嫌な予感しかしなかった。
 この場に名指しで呼び出されている以上、いくら鈍い俺でも、この後何を言われるかくらいは予想がつく。
「ウインドワード大尉には、この人工霧航士の教育、そして最終的に実戦運用可能かどうかの判定を下してもらう」
「えぇー」
 素直な感想が思わず口をついて出た。正直なことはいいことだって、じっちゃんが言ってた。俺、祖父さんの記憶ないけど。ついでに、相手が時計台のお偉いさんならともかく、勝手知ったるロイドだ。つい身を乗り出して突っかからずにはいられない。
「おいロイド、俺は嫌だぞ、教育係なんて。なんで時計台の連中じゃなくて俺に回ってくんだよ。適任者ならいくらでもいるだろ、ジーンとかさ」
 嫌だし、何より無理だってことくらい、ロイドだってわかっているだろうに。
 俺には教育なんて向いていない。ただ自分が飛ぶことしか考えられない俺に、他人を教えることなんてできやしない。それこそ、何人もの曲者を立派に霧航士として育てあげてきたロイドの方がよっぽど適任だ。
 だが、ロイドは「ほんと馬鹿ねえ」と司令モードを崩して肘をつく。
「時計台の面々は簡単には手が離せないの。一番暇なのがあんたってこと。それに、あんただって、いつまでも現役じゃいられないのよ? というより、もう現役とも言えないでしょ、その体じゃ」
 つい色眼鏡の下から睨みつけてしまうが、長い付き合いであるロイドは、俺がどうして嫌がっているのかもお見通しなのだろう、とてもいい笑顔で俺を見上げる。
「『エアリエル』のノウハウは、あんたにしか伝えられない。今のあんたが自由に飛べないなら、自由に飛べる奴を作らないといけないの」
「……っ」
 悔しいが、全く、言い返せなかった。
 今の俺は、自由に飛べない。ぼんやり浮かんでるだけならともかく、全力で飛ぼうとすれば三分足らずで蒸発する。だからといって、飛ばないということは、俺にはできない。
 ――できない、のだ。
「飛ぶなって言ってるわけじゃない。その子と一緒に飛べ、って言ってるのよ。『エアリエル』には二人分の席がある。あんたは馬鹿だけど、そのくらいはわかるでしょう?」
「ああ、わかるよ。……くそっ」
 それでも、つい、悪態をつかずにはいられない。限界は俺自身が一番よく知っているし、上がとっとと俺を翅翼艇から降ろして「お飾りの英雄」にしたがっていることも、何となくは感じていたんだ。だから、いつか、決断を迫られるとは思っていた。だが、それが今日だとは思ってもいなかったのだ。
 飛び続けるためには、この条件を飲むしかない。そもそも、俺の翼たる『エアリエル』が軍のものである以上、色々と文句をたれはするが、結局のところ拒否権は俺にはない。
 その『エアリエル』も、今この瞬間、いつまで俺の翼でいてくれるのかわからなくなってしまったわけだが。
 それでも、問答無用で『エアリエル』から引きずり下ろされるよりは、まだ救いのある措置だと思うことにする。その辺りは俺の「飛行狂」っぷりを知るロイドの温情なのだということも、わかるから。
 俺の沈黙を肯定とみなしたらしいロイドは、背筋を伸ばして立ち尽くしていたそいつに、ミラーシェード越しの視線をやる。
「セレスティア」
 セレスティア。天上、を意味する言葉。女の名前なのか。さっき『彼』って呼ばれてたのに。
 すると、セレスティア、と呼ばれたそいつが、ついと細い顎を上げて言った。
「はい」
 先ほど魂魄通信で受け取った「青い声」が、今度は実際に鼓膜を通して響く。
「君を本日付けで、翅翼艇第五番『エアリエル』の操縦士として扱う。ゲイル・ウインドワード大尉を教官として、訓練を行うこと。訓練スケジュールはウインドワード大尉に一任する」
「はい」
「へいへい」
 しかし、訓練スケジュールって言われてもな。訓練生時代に何をやってたのか忘れたわけじゃないが、何一つとして参考にならないことだけは確かだ。俺の訓練は、何というか、訓練とはいえないシロモノだったから。
「また、君は本日から、ウインドワード大尉の部屋を共同で使用すること」
「はい」
「へいへ……っておい!?」
 思わず流しそうになったが、おかしくないか。
「部屋くらいくれてやれよ! 余ってんだろ!?」
「彼は人の形こそしているが『備品』だ、部屋を与えるなどおかしいだろう?」
「で、本音は?」
 口元を引きつらせながら問うと、ロイドはにっこりと笑顔を浮かべ、
「だって面白そうじゃない」
 と、のたまいやがった。
「ちくしょうそう言うと思ったよあんたって奴ぁ!」
「まあまあ、一応さっきのが表向きの理由。あと『エアリエル』で一緒に飛ぶとなれば、お互いの理解も必要でしょう。同調訓練の一環だと思って」
「思えるか! っつーかその子女の子だろ!?」
「違うわよ」
「は?」
「女の子じゃないわよ。人工霧航士は、生殖能力を設定されてないから性別が無いの。だから、セレスティアは男性でも女性でもないわ。ほら、何一つ問題ないと思うけど」
 なるほど、こいつが男にも女にも見えたのは、そもそもどちらでもなかったからか。だからロイドも便宜上「彼」と呼んでたのだろう。それはわかる。
 ……だからって、いいのか本当に。
「性格的っつーか魂魄的にどっち寄りとかねーの?」
「シェイクスピア博士によると、魂魄は女性ベースらしいけど」
「ダメじゃねーか。問題ありありじゃねーか」
「でも、色々言うけど、あんたさえ変なことしなきゃ、何も問題はないわけよ」
 ロイドの言う通りではある。ごくごく正論で、あまりにも正論だった。今までギャーギャー言ってた俺が悪かった、と素直に認めたくなるほどに。しかも、ロイドはにやにやと笑みを浮かべて追撃を決めてくる。
「そもそもあんた、巨乳専じゃない。子供とか少年に欲情するケはないでしょ」
「時と場合による。溜まってりゃ欲情することだってあると思う」
「その正直さだけは評価してあげるわ。人として最低な回答だけど」
 うん、あまりに正直すぎるのもよくないなって答えてから気づいた。
 当のセレスティアさんは、何の話をしているのかわからない、とばかりにぽかんとしていらっしゃる。今のやり取りは理解されても困るのでそれでいいが、こいつ、部屋の問題以前に話通じるのかな。未だ「はい」以外にうんともすんとも言わないだけに、どうも不安になっちまう。
「とにかく、部屋割りは上官命令だ。問題が起きそうならその時に相談しろ」
「ふえーい」
 こういう時に限って都合よく上官面しやがって。あと問題起きそうになった時には大体手遅れな気がするけどいいのかそれで。
 何とも釈然としない心持ちながら、どうせ逆らっても無駄なので、肩を竦めて言う。
「で、話は終わり? 俺様、部屋に帰っていい?」
「本題は終わり。あと、こっからはオフレコなんだけど」
 ロイドが崩した口調で話しかけてくる。「何だよ」と返した俺の声が明らかな不機嫌さを含んでいたことに関しては、どうか見逃していただきたい。正直俺だっていっぱいいっぱいなんだ。
 実際、ロイドは見逃してくれたのだろう。口元に苦笑を浮かべながら、机の上に置かれていたスイッチを押す。その瞬間、外から聞こえていた音がぱたりと止んで、重苦しいくらいの静寂が部屋を包む。
 防音結界だ。ロイドが、他人に聞かれたくない話をする時の。反射的に背筋を正して、ロイドの言葉を待つ。
 ロイドは今までのにやにや笑いを引っ込めて、いやに低い声で言う。
「……あんた、教団の動きについて、どのくらい把握してる?」
「あ? さっぱりに決まってんだろ。さっき、輸送艇の連中から聞いて、初めて教団の残党が動いてるって知ったレベルだよ」
「まあ、あんたはそうよね。実は、教団の残党がセレスティアを狙ってるらしいの」
 この、小動物みたいな面した人工霧航士を――?
 思わずそちらを見ると、いつの間にか、セレスティアはじっと俺を見つめていた。その、真ん丸い瑠璃色の目を見つめ返しながら、どうにも釈然としないものを感じて、改めてロイドに向き直る。
「だが、輸送艇の連中は、どうして襲われるかわかってなかったみてーだぞ」
「この情報は、セレスティアを造ったシェイクスピア博士から直接聞いたものよ。だから、ほとんどの人間は何も知らない」
 嫌な話だ。今日何度目になるかもわからない舌打ちを、一つ。ただでさえ自由に飛べない俺に、別の理由で自由とはいえない教え子ときたか。
「目的も理由も未だ不明。詳細は私の方で調べておくけど、基地の外に出る時は気をつけて。あと――サードカーテン基地外部の人間にも」
「外部って、時計台の人間も含めてか」
「もちろん。輸送艇の連中は今すぐ帰すからともかく、これ以降ね」
 ロイドがそう言うなら、警戒するに越したことはない。事実、つい三年ほど前まで、教団の信者は時計台の内側からも、俺らの足を散々引っ張ってきたのだ。時計台の人間が来ることはめったにないだろうが、何とも面倒くさい。
 とはいえ、今の俺にできることは、ロイドの言いつけを守ることだけ。
「了解だ、ロイド先生」
 投げやりな敬礼と同時に横を見れば、セレスティアは、何故かロイドではなく俺を見上げていた。いつになく、張り詰めた顔をしているだろう、俺を。

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