シアワセモノマニア物語迷走探偵秋谷静 > 鏡花水月の君 迷走探偵、笑う

 

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  待盾市に小さな探偵事務所を構える私立探偵、秋谷静は『チェシャー・キャット』というあだ名で知られる。
  ぶっ飛んだセンスの服装と常に浮かべているニヤニヤ笑いが、まるで不思議の国に迷い込んだ少女アリスを惑わせる極彩色の猫を思わせることから……というのが定説だが、彼女のある側面を知っている者は、彼女自身が常に『不思議』に片足を突っ込んでいる、『不思議の国の案内人』であるからだ、と口を揃えて言う。
  そんな秋谷と彼女の事務所にまつわる噂といえば、「事務所に入っていく透き通った獣の影を見た」やら「超能力者が居候している」やら「事務所で働いている男が空を飛んでいるのを見た」やら、眉に唾をつけてべたべたにしても足らないほどに胡散臭いものばかりである。
  ことの真偽はともかく、このような見た目も背景も怪しい私立探偵を頼ろうという奇特な依頼人などそうそういるものではなく、今日も事務所には秋谷が愛してやまないエリック・サティの『ジムノペディ』に合わせて閑古鳥が高らかに鳴いている、と思われた。
  だが、秋谷は今、事務所の一室で一人の男と向き合っていた。
「身辺調査、ですか……」
  はい、と答える男は、年のころ二十代半ばから後半くらいだろうか。シンプルな灰色のスーツに身を包み、穏やかな微笑を浮かべている。全体的に柔和な印象で、誰が見ても「人のよさそう」な人物に見えるが、果たしてその第一印象は正しいだろうか。そう思いながら、手渡された名刺に視線を落とす。
  田中文規、という名前の横には、秋谷も知っている商社の名前が書かれている。営業部所属。押しの弱そうな見かけではあるが、案外やり手の営業マンであってもおかしくなさそうだ、などと勝手な想像を膨らませていると、田中は言葉を選びながら言った。
「そのような依頼は、受け付けていませんか?」
「いや、面白い依頼であれば、どんな依頼でも受けますよ。ああ、人に直接手出しする仕事は受けないようにしてますがね。そもそも私の専門じゃない」
  秋谷は口元に浮かべた笑みを深め、田中の視線を真っ向から受け止めて唇を開く。
「どちらかといえば、そいつはそちらのお仕事でしょう……ねえ、異能府の代行者さん」
  その言葉が空気の中に放たれた途端、ぴん、と空気が張り詰めたのがわかった。
  田中の放っていた気配が、一瞬にして色を変えたのだ。誰もが緊張を解くようなゆったりとした空気は、いつしか刺すような鋭い気配に変わっていた。それでいて浮かべている笑顔が少しも崩れていないところを見るに、やはり相手を呑むことに長けた優秀な営業マンなのだろうな、と秋谷はのん気なことを考える。
  そう、秋谷は田中の放つ圧力を意にも介さず、チェシャー・キャットの笑みを浮かべ続けていた。田中はそんな秋谷の顔をじっと見つめたまま、あくまで穏やかな声で言った。
「何故、私が組織の人間であるとお思いで?」
「否定しないんだね」
  この田中の反応は少々意外であった。
  異能府。それは、異能と呼ばれる存在を監視する、政府直下の組織であるという。だが、そんな組織の存在は一般には知らされていない。それも当然といえよう。異能という存在が、そもそも人に知られてはならないものなのだから。
  異能。有り体に言ってしまえば「超能力者」だ。
  一般的な人間――「一般」の定義に関しては懐疑的な秋谷であるものの――が持ち得ない不可思議な力は、サイエンス・フィクションの業界では語り尽くされていると言っても過言ではない。念動力、精神感応、空間跳躍に時間跳躍、エトセトラエトセトラ。そのような超能力、またその力を扱う人物のことを十把一絡げに『異能』と称する。
  これらの異能はサイエンス・フィクション、つまり作り話の世界にのみ存在すると思われがちだが、それはとんでもない思い違いである。本来、異能はどこにだって転がっているものなのだ。その事実を知らされていないというだけで。事実を知っていれば、秋谷のような何の力も持たない一般人でも、異能とそれを持つ者たちを認識することはたやすい。
  だが、この事実を大きく広めてしまえば、異能を持つものと持たざるものの間で大きな軋轢が生まれ、今まで築き上げられてきた秩序はたやすく崩壊する。故に、秩序維持の理念に基づき、異能の情報と異能たちの行動を管理・統制するのが政府直下の秘密組織、通称『異能府』なのだ。
  ……とまあ、ここまでが組織側の主張だ。そして、秋谷はあくまで能力を持たない一般人であり、彼らの語る理念の全てを理解できているわけではない。
  ただ、一つだけはっきりしているのは、異能府の代行者が己の存在を容易に認める、ということは本来ありえないことなのだ。当然、秋谷が今まで出会ってきたほとんどの代行者は、最低限建前上は己が組織の人間であることを認めようとしなかった。しかし、己が代行者であることをあっさり認めた田中は、ただただ真っ直ぐに秋谷を見つめるのみ。秋谷が自分の問いに対する答えを示すまでは、そうしているに違いない。
  珍しい代行者だ、と思いながらも秋谷は田中の問いに対する答えを紡ぎ上げる。
「こんな真っ昼間っから、灰色のスーツを着て押しかけてくるのなんて異能府くらい……というのは冗談としても、単純な身辺調査なら他の探偵を頼るんじゃないですかねえ。この辺には腕っこきの探偵さんなんていくらでもいますし」
  自分で言うのも何だけどねえ、と秋谷はへらへら笑いながら言う。
「探偵としての評判じゃ底辺に近いうちにわざわざ来たってことは、うちに頼らなきゃならない理由があるってことでしょう。例えば、そちらさんの事情をある程度把握してなきゃらならない、とか」
  田中は唇に折り曲げた人差し指を当てて、それから「なるほど」とぽつり、呟いた。辺りに漂っていた緊張感はその瞬間に空気の中に溶けていった。
「黙っているつもりはなかったのですが、結果的にこのような形で明かすことになってしまい申し訳ありません。確かに私はいわゆる『異能府』に属する身です。しかし……あなたにお願いしたいのは、組織とは関係のないプライベートな依頼です」
「ほう?」
「本当に個人的な問題なので、組織の力を頼るわけにもいかない。故にあなたの力をお借りしたいのです。異能を初めとした超常の存在をありのままに受け入れ、我が組織からも一目置かれる『チェシャー・キャット』のお力を」
  いたって真面目な表情で言い放つ田中に対し、秋谷は軽く肩を竦める。
「そりゃあ買いかぶりってもんですよ」
  もし自分がそんなに凄い探偵ならば、気だるいジムノペディに合わせて閑古鳥を歌わせて過ごすことはあるまいに、と秋谷は語ってみせるが、田中はそんな秋谷のふざけた言い回しにも全く動じることなく、朗らかな笑顔で応じる。
「それでも、あなたという一個人が組織を何度も出し抜いていることは事実です。故に、上層部はあなたの持つコネクション、そしてあなたの存在それ自体を危険視しているようですが……それはあくまで上層部の思惑。私個人としては知ったこっちゃありません」
  知ったこっちゃない、と来たか。秋谷は思わず吹き出してしまいながら、ぱたぱたと手を振る。
「はは、随分ぶっちゃけてくれますねえ。異能府の代行者らしからぬ物言いだ」
「先ほども言った通り、今日はプライベートですから」
  あくまでおっとりとした態度を崩さないまま己の意を主張する田中を見ていると、秋谷の中にふつふつと好奇心が湧き上がってくる。今まで秋谷が目にしたことがある代行者といえば、組織への忠誠を第一とした堅物ばかりだった。その仕事内容上、己を殺す必要に迫られている、ということも大きい。
  だが、いくらプライベートとはいえ、組織の思惑を「知ったこっちゃない」と断じるこの田中という男は、今まで秋谷が関わった代行者とは一線を画していた。
「面白い」
  田中に聞こえるか聞こえないか、という声で呟いて。
  秋谷はチェシャー・キャットの笑みを一際輝かせて答えた。
「わかりました。詳しいお話を聞かせていただきましょう。受けるかどうかは、それから判断させていただきます」
「ありがとうございます、それでは……」
  田中がソファの上に置いてあった、スーツ姿には似つかわしくない、大きなボストンバッグから一つのファイルを取り出した、その時。
「あ、キツネさん、どこ行くんすかー!」
  突然、奥の扉が開く音と共に高い声が割って入った。びくりと体を震わせ、銀縁眼鏡の奥で目を見開いた田中をひとしきり観察してから、秋谷は扉の方に振り向いた。
  そこに立っていたのは、背の低い女――少女と言ってもいいかもしれない――だった。赤茶けた髪をぼさぼさに伸ばしていて、何とも地味な淡い茶色のトレーナーの上に、オーバーオールを着ている。探偵らしからぬ秋谷同様、この空間にはさっぱり似つかわしくない格好の女だった。
  女はきょとんとした表情で秋谷と田中を見比べてから、かっと頬を赤くして勢いよく頭を下げる。
「わ、わわわ、ご来客中っすか失礼しました!」
  崩れた敬語で喋る女に微笑みを向けてから、秋谷は目を丸くしたままの田中に向かって説明する。
「うちのバイトのアサノくんです。こちら、異能府のタナカさん」
「へ、い、いのーふの方っ、すかっ! 本物っすか!」
  女……アサノの声はとんでもなく素っ頓狂だったが、今の今まで驚きで声も出ない様子であった田中が、その言葉を聞いて我に返ったのか、穏やかな笑みを見せた。
「あなたも、組織をご存知ですか?」
「お、お噂はかねがね。でも現役のいのーふさんを見るのは初めてっす」
  アサノは緊張しているのか、落ち着きなくぺこぺこ頭を下げる。田中も律儀にそれに対していちいち礼を返すものだから、見ている秋谷の方がおかしくて吹き出してしまう。
  ひとしきりそれを繰り返して何とか落ち着きを取り戻したアサノは、額の汗を拭うような仕草をして、言う。
「その、お邪魔して申し訳ありませんでした、お話し中でしたよね」
  いえいえ、とあくまで慇懃な態度を崩さない田中から視線を逸らさないまま、秋谷はアサノに向かって言う。
「それで、アサノくん。どうしてこの部屋に?」
「あ、すみません。キツネさんのお相手してたら逃げられちゃって。すぐ連れて帰ります。キツネさーん、アキヤさんのお仕事邪魔しちゃ駄目っすよー。邪魔してるのあたしっすけどねー」
  アサノは部屋の片隅にぽてぽて歩いていくと、体を屈めて虚空をかき抱くような仕草をした。パントマイムを思わせるその所作に、田中は目を離せなくなっているようだった。腕の中に何かを抱えたような姿勢のまま、アサノはもう一度秋谷と田中に向かってぺこりと頭を下げた。
「それじゃ、失礼しました!」
  やたら元気のよい挨拶を響かせて、目には見えない何かを片手で抱えなおして扉を閉めた。田中は呆然とそんなアサノの姿を見送って、ぽつりと言った。
「あの……彼女は、何をしていたのです?」
「ああ、アサノくんは歪曲視なんですよ」
  秋谷が言うと、田中は「わいきょくし?」と首を傾げた。確かに、異能府の人間には聞きなれない言葉であったに違いない。
「歪神……いえ、あなた方の業界でいう『来訪者』を知覚する能力者です。俗に『霊感が強い』という奴ですね」
  来訪者、という言葉に田中は「ああ、なるほど」と納得の声を漏らす。
「彼ら自身はそのような能力者を『歪曲視』と呼ぶのでしたね」
  来訪者、歪神、言い方は色々あるが、それらは古来この世界に存在する神や悪魔、妖怪や幽霊など「人の目には見えないけれどそこにいる存在」を十把一絡げにした言葉だ。これもまた、人知を超えた存在であり、時には現在の秩序を壊しかねない存在である。
  ただし、それらの相手は異能府の管轄ではない。異能府はあくまで異能を身につけた「人」を相手取ることに特化した組織であり、最初から「人でないもの」に関しては門外漢なのである。
  故にこの国には異能府とは別に、「人でないもの」を相手取る組織が古くから存在している。彼らは目には見えないものを見る瞳『歪曲視』を持ち、「人でないもの」と時には話し合い、時には争うことで人知れず秩序を守っている。このような者たちは、歪曲視の中でも特に『調停者』と呼ばれている。
  だが、組織や調停者の存在も知らず、己が持っている力に名前があることも知らない、そういう歪曲視も当然ながら存在する。
  アルバイトとして雇っているアサノも、つい最近まではその一人であったはずだ。
「ああ見えて、アサノくんは飛び切り強力な歪曲視でね。勉強がてらうちで働いてもらってるんですよ」
  この事務所の副所長もまた歪曲視であり、その彼から能力の扱いを学ぶついでに雑用をこなしてくれればいい……そういう契約をアサノと結んでいる。もちろんこの閑古鳥鳴く事務所の雑用などたかが知れていて、アサノに与える仕事といえば、自分と一緒に菓子をつまみながら世間話に花を咲かせることくらいだ。
  それでいいのか、と副所長は呆れているようだが、所長である秋谷としては愉快な話し相手が一人増えたのだからそれでいいと思っている。
「うちにはいくらか彼女にしか見えないようなモノが住み着いてましてね。彼女が何をしているのか、見ていてもわからなかったでしょう」
  秋谷の想像に反し、紅茶を一口飲み下した田中は「いえ」と否定の言葉を返した。
「一瞬ですが、彼女が白い動物のようなものを抱き上げたように見えました」
「おや、それならあなたには歪曲視の才があるかもしれませんね。私はさっぱりですが」
  秋谷はくつくつ笑いながらも、田中の表情からは視線を逸らさなかった。田中はまだ、アサノが去った扉をじっと見つめていた。そこに何かを見出そうとするかのように。
  白い動物のようなもの。田中はそう言った。
  確かに彼には見えてたのだ……アサノが見ていたものが。
  アサノが「キツネさん」と呼ぶのは、キツネによく似た白い獣だという。秋谷自身がその姿を見たことがないから断ずることは出来ないが、アサノと同じものが見える助手がそう言っているのだからほぼ間違いないと思っていいだろう。
  そういうモノが見えるかどうかは、それこそ「霊感」のようなもので、その人個々の才能に左右される。完全に知覚できないまでも、ふとした拍子に「見える」という者は少なくない。
  ただ、田中がアサノにしか見えない何かを一瞬でも見ていた、その事実は秋谷の胸のどこかに引っかかった。別段何がどう引っかかっているのか、それはわからない。けれど、己の勘を信じる秋谷はひとまずこの事実は忘れまいと己に言い聞かせ、田中に向かって手を差し出す。
「すみません、話が逸れましたね。詳しいお話を聞かせてください」
「あ……ああ、はい」
  まだ少しだけ呆けた様子だった田中だが、すぐに頷いて手にしたファイルから書類を取り出して秋谷に手渡した。
「調査して欲しいのは、ハセガワ・コズエという人物です」
  ぱらり、とファイルをめくってみると、そこには一枚の写真が挟まれていた。
  少し癖のある柔らかなショートボブに、黒目がちで優しそうな顔立ち。一体どこで撮ったのかはわからないが、友人と思しき女性と喋っている様子を写し出した写真を見る限り、どこにでもいるような、ごく普通の大学生に見える。
  と言っても、写真だけで何がわかるわけでもないけれど。
  思いながら、書類の方にも目を通す。そこには田中の知っている限りの情報なのだろう、ハセガワ・コズエ――長谷川梢について、いくつかの情報が記されていた。
  M大学の文学部日本文化学科三年。大学入学までは北のU市に住んでいたが、現在は親元を離れて待盾市内のアパートで一人暮らしをしている……これもまた、大学生のプロファイルとしてはごく当たり前のものだ。
「彼女の背景と人間関係、今現在の行動を調べればいいんですかね?」
「はい。可能でしょうか」
「問題ないですよ。ちょっと時間は貰うと思いますが。代行者のプライベートな依頼なんて、これほど珍しいものもありませんからね」
「ありがとうございます」
  簡単に調査期日と報酬としてやり取りする金額の話をしてから、秋谷は口を開いた。
「それと……タナカさん。一つだけ、今回の依頼を受ける上で、許可をいただきたいことがあります」
「何ですか?」
「あなた自身のことも同時に調査させていただきたい」
  田中は「はあ」と不思議そうな顔をするが、秋谷は笑みを崩さずに続ける。
「何、単なる知的好奇心ですよ。私の知らない異能府の代行者が何者で、どのような活動をしているのか知りたい。ただそれだけです」
「そんなことなら、別段構いませんよ」
「本当に構わないので?」
「いつかは必ず知られてしまうこと、と思いますしね。それが今であっても、私としては支障ありません」
  なるほど、と秋谷は思う。物腰の柔らかさとは対照的に、随分肝の据わった代行者だ。本来代行者なんて探られて痛い腹ばかりだと思うのだが、それすらも覚悟の上でこの場所に来たということか。それとも本当に探られたところで痛くもかゆくもないか、それを痛みだと感じない神経の持ち主か……
  俄然、興味をそそられる。この田中という男にも、そしてその田中が追い求める長谷川梢という人物にも。
  田中は悠然と構えながら、ふと、薄い唇を開く。
「ただ……少しだけ、意外でした」
「何がです?」
「まず、『何故』を問われると思っていたので」
  何故――この、長谷川梢という人物を求めているのか。確かに、それは田中の口からは少しも語られてはいない。下らない想像の幅だけはあるけれど、その想像を核心に至らせるものは何一つない。
  だが。
「知らなくても、仕事には困りませんからね。それにあなた、『聞かれたくない』という顔をしてますよ」
  細長い指を組んで、秋谷ははっきりと言った。田中は目を真ん丸く見開いて、それから自嘲にも似た笑みを口の端に浮かべながら呟いた。
「そうですね。そうかもしれません」
「まあ、異能府の代行者様直々のご依頼とあっちゃあ張り切らずにはいられませんからね。期日までにきっちり調べてお伝えいたしますよ」
「ありがとうございます。私としても……今はただ、知ることができさえすれば、それで」
  紅茶のカップを両の手で包み込むようにして、どこか憂いにも似た表情を浮かべる田中を、秋谷は赤フレームの眼鏡の下から、じっと観察する。今はまだ、その表情の奥にある真意を読み取ることはできなかったけれど……
  この依頼は、きっと簡単には終わらない。それだけは根拠のない確信として秋谷の中にあった。
 
 
  田中が去り、ソファに背をもたれて一息ついたところで、奥のドアが小さな音を立てて開く。秋谷がそちらを見ると、扉の隙間から小さな女が申し訳なさそうにこちらを覗いていた。
「ああ、アサノくん」
「ご、ごめんなさい、お話の邪魔をしてしまって……」
  ソファの横まで歩み寄ってきて、秋谷の目には見えない「何か」を抱いたまましゅんとするアサノの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
「何、別に構わないよ。それよりアサノくん、お願いがあるんだけど」
「はい、何でしょ」
  どこか舌足らずな返事をして顔を上げるアサノに、秋谷は笑いかける。別段普段から何も意図はしていないけれど……きっとその笑顔も、不気味なチェシャ猫笑いになっていたに、違いない。
「身辺調査、手伝ってくれないかな?」
「……へ?」

 

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