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  顔馴染みの文房具屋で新しいインクを仕入れ、いくつかの店を回った。もちろん、ハツカへのお土産も忘れてはいない。ちいさな雑貨屋でリッカが選んだ、さらさら心地よく鳴るお手玉だ。
  そうして、帰途につこうとした矢先に、リッカがついてきていないことに気づいた。
「おい、リッカ?」
  とはいえ、完全に見失ったわけでもない。振り向いてみれば、傘を肩で支えたリッカが、少し離れた店の、ショーウィンドウを覗き込んでいた。店の看板を見れば、志郎には縁のない、女性向けの服や雑貨を取り揃えた店のようで、何とも複雑な気分になる。
  リッカは歪神だが、年頃の女性の姿と、姿に見合った精神を持っていることは、もはや疑いようもない。そんなリッカに対し、ろくに気を使ってやれていない、という思いが頭をもたげてくる。
  せめて、どんなものに興味を持つかくらいは、知っておくべきだ。
  妙な義務感に突き動かされ、リッカの後ろからショーウィンドウを覗き込む。
  淡い赤を基調とした、レースに縁取られた服を着たマネキン人形が、何体か並べられているのは、わかる。どれも、リッカが着たら似合いそうではある。
  だが、リッカが見ているのは服ではなく、棚に飾られた、ちいさな髪飾りのようだった。微かにくすんだ紅の、薔薇を模った髪飾り。
「それ、欲しいのか?」
「ひゃっ」
  リッカは、背後に志郎が立っていることにも気づいていなかったのか、高い声を上げた。それから、志郎を恐る恐る見上げる。どことなく、小動物を思わせる仕草だ。
「欲しい、っていうのとは、少し違うかも」
  そう言ったリッカは、もう一度薔薇の髪飾りと向き合った。
「友達を、思い出してたの」
  友達、という言葉は、リッカからは初めて聞く気がした。リッカは、自分からはほとんど、元いた世界の話をしなかったから。
「友達……君のいた世界のか」
「そう。薔薇の花飾りが、よく似合うひとなの。凛として、真っ直ぐで、いつだって優しくて。そんな、わたしの、大切なお友達」
  よく見れば、リッカの手は強く握り締められていた。白い横顔に表情は無かったけれど、強い感情を堪えていることくらいは、志郎にもわかった。
「会いたいのか」
  もう少し、言い方があったのではないか、と。言ってから後悔したが、後悔というのは常に先に立たない。リッカは、あふれ出しそうな思いを無理やり押さえ込んだのだろう、唇を噛んで俯いた。
  それから、雨の音だけが世界に満ちた。志郎も、それ以上何も言えなくて、ただ、リッカの言葉を待った。
  やがて、リッカが、言葉を落とす。
「会いたいな。もしかしたら、わたしのことなんて、忘れちゃってるかもしれないけど」
  ショーウィンドウに、片手をつけて。その向こうにある、薔薇の花飾りに向けて。
「それでも、会いたいよ……」
  静かに響いた声は、微かに、しかし確かに震えていた。会いたい。その言葉は、志郎にとって、故郷を遠く離れた場所に立つ少女の孤独と、埋めがたい寂しさを気づかせるには十分すぎた。
  しばし、呆然とリッカを見つめることしかできなかった。楽しそうに笑いながらも、別離の痛みを抱えていた、遠い世界の旅人。志郎には、そんなリッカの気持ちがわかるわけではない。志郎にわかるはずもない。けれど。
  意を決して、リッカの横を通って、見知らぬ店の中に足を踏み入れる。そして、すぐに目的のものを買って飛び出した。きょとんとするリッカの前に、淡紅の薔薇を差し出す。
「これは、君が持っていた方がいい」
「でも」
「君は、こういうものがなくても、忘れることはないんだろうな。でも、会いたいという思いを、はっきり認識できるなら、その方がいい」
「……シロウ?」
  リッカの言葉に疑問符が混ざったことで、志郎も我に返る。
  今、自分は何を言っていた。一時の感情に突き動かされて、おかしなことを口走ったのは、自分でもわかった。顔に血が上る。変な奴と思われることには慣れたつもりだったが、リッカからそう思われたくはなかった。
  果たして、リッカは自分を、どんな目で見ているだろうか。
  思いながらリッカに視線を戻せば、リッカははにかむように微笑んで、志郎の手と、その上に載せられた薔薇を握った。
「ありがとう、シロウ。大切にするね」
「……あ、ああ」
  リッカの青い瞳は、ただ、きらきらと輝いていて。そこに、先ほどまでの悲しみも、志郎に対する隔意も見出せなかった。
「それに、シロウの言うとおりだよ。忘れてはいなかったけど、思い出せるなら、その方がいいね」
  薔薇の花飾りを、目の上に翳して。眩しそうに、リッカは笑う。
「きっと、もうすぐ、会えるんだもの」

 

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