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談話室の飛ばない探偵たち

conclusion

 談話室の扉を開け、目に入った光景に対する率直な感想を言葉にする。
「今日は一人か、アーサー」
「ええ。トレヴァーがここにいなければ」
 長椅子に腰掛けたアーサーが、顔を上げて苦笑いする。
 トレヴァーの姿は、最低限私の目には見えない。多分アーサーにも見えていないのだろう。だからといって「いない」と言い切れないのがトレヴァーの恐ろしいところだ。
 何故かオズだけは不思議とトレヴァーがいるかいないかわかるのだが、一体どのような理由かは未だに明らかになっていない。我々霧航士の間ではオズの特殊能力『虚空書庫』でトレヴァーの居場所を検知している、という見解が一般的だが、もちろん冗談だ。多分。
「ゲイルはオズを引きずって、アニタんとこ行ってますね。『エアリエル』の調整だと思います」
 この調子だと出撃も近そうですしね、とアーサーは言う。それは、私も何となく感じていることであった。長年霧航士を続けていると、その手の勘は自然と鋭くなる。私には、空気に混ざるきな臭さのようなものが、近頃俄かに濃くなったように思えてならなかった。
「しかし、『オズがゲイルを引きずって』じゃないんだな」
 よく見かけるのは、オズが半裸のゲイルに蹴りをかましている場面だ。特に夜間の出撃となると、その確率が格段に上がる。出撃指令が出ながら、なお女と遊んでいるゲイルを蹴飛ばしてでも連れてくるのがオズの重要な「仕事」の一つ、ということは我々霧航士の常識である。
 しかし、今回に限っては私の聞き違いではなかったらしく、アーサーは大げさに肩をすくめて言う。
「普段ならそうでしょうけど、今日はオズがまた徹夜明けでぼーっとしてるってのと、何よりアニタ相手だってのが大きいんじゃないですかね。ほら、オズ、以前アニタにめちゃくちゃされたらしいですし」
「ああ……」
 アニタ・シェイクスピア女史は翅翼艇の開発、調整の責任者で、極めて優秀な工学者かつ記術学者としても知られる。翅翼艇の調整のために、霧航士一人ひとりの名前と経歴と性格、そして特性を完全に記憶しており、特にオズ、というよりオズの能力には並々ならぬ興味を寄せているようだ。霧航士候補生だった頃のオズがほとんど自覚していなかった能力に『虚空書庫』と名をつけてその仕組みを分析してみせたのは、他でもない彼女だ。
 で、まあ、少し前に、オズと彼女の間に何かがあったらしい。その「何か」の詳細については、青い顔をして震えるオズも、どうやら詳細を知るらしいゲイルすらも、一言も口を割らなかった。ただ、以来ゲイルがシェイクスピア女史を『変態エロ魔女』と罵り始めたところから、オズの意志を無視した「何か」をされたのだろう、と推測しているが、それ以上を詮索する気にはなれずにいる。主にオズの名誉のために。
「そういえば、ジーン。例の事件、解決したらしいですよ」
 例の事件? と首を傾げる私に対し、アーサーは手にしていた新聞を投げてよこす。その中から情報を検索するまでもなく、アーサーの言わんとしていることは一面にでかでかと太い文字で書かれていた。
『脳無し連続殺人事件、犯人集団逮捕』
 私がその文字列を視認すると同時に、アーサーが口を開く。
「要約すると、殺人を犯していたのは、長年手を変え品を変え、首都周辺で強盗殺人を繰り返していた集団だったそうです」
「……そういえば、聞いたことはあるな」
「聞いたことある、って首都ではめちゃくちゃ有名な連中ですよ。ほんとジーンって首都の話題には疎いですよね」
 仕方ないだろう、生活のほとんどがこの霧航士宿舎を中心とした時計台内で完結できてしまう以上、アーサーやゲイルのように積極的に町に繰り出す気にはなれないのだ。
 新聞の細かな文字を追っていっても、確かにアーサーの要約以上のことは書かれていなかった。情報の処理に強い仲間が傍にいてくれると、あまり頭の働きのよくない私としては気が楽でいい。
「しかし、それだけ有名な連中なら、実際に捕まっているのもごく一部かもな」
「よくある話ですよね、蜥蜴の尻尾切り、みたいな感じで上層部は全然捕まってなかったりとか」
 それでも、相当派手にやりましたから、しばらくは大人しくするでしょ、とアーサーは言いながらシガレットケースから一本、紙巻煙草を取り出す。それを見て、つい、こちらまで飢えに似た感覚を思い出してしまう。
「……申し訳ないが、私にも一本くれないか。切らしてるんだ」
「ちょっと、ジーンまでゲイルみたいなこと言わないでくださいよ」
 嫌な顔をしながらも、アーサーは「一本だけですよ」と分けてくれた。何だかんだアーサーは真正面から頼まれると断れない性質なのかもしれない、と最近理解しつつある。ともあれ、空になった煙草の箱の横に入っていたライターで火をつけて、普段買い求めているものとは違う煙の味を確かめる。
 よく見れば、記事は裏面にも続いているようだったが、文字列を追うのはやめて直接アーサーに問うことにした。そちらの方が早い。
「で……、結局、何故脳を摘出してたんだ?」
「記事によれば、高く買う人間がいたそうですよ。現在は警察がその『買い手』を調べてるところだそうで」
 だから、完全解決とは言いがたいんですけどね、とアーサーは唇を尖らせる。失われた脳の行方も未だ不明、ということだ。真犯人不在の決着、と言ってもいいだろう。
 未だ謎を残す幕切れではあるが、そんなものだろう、と思うことにする。そう思うことしかできない、と言った方が正しいか。今の私にできることは、真犯人に捜査の手が届けばよいと祈るだけだ。
 すると、ばたばたとやかましい足音が談話室に向かってきた。流石に聴覚特化型のゲイルほど耳はよくないが、それでも聞こえてくるのが誰の足音か、ということくらいは経験上わかる。
「いやー、参った参った!」
 勢いよく扉を開けて入ってきたのは、想像通りゲイルだった。
「何かあったんです?」
「んーにゃ、俺たちにはなーんにも。強いて言えば俺様とオズの同調率と『虚空書庫』の入出力に合わせた演算機関の調整くらい。つまりいつも通り」
 いつも通り、と言うわりにゲイルの後ろに控えるオズはめちゃくちゃげっそりしている。アーサーも流石にオズのしょぼくれようを見咎めたのか、煙を吐きながら言う。
「オズ、もしかして、また何かされたんです?」
「何もされてねーよ! 俺様がブロックしてたからな!」
「うん……、かろうじて……、生きてる……」
 生きているからいいってものではない。本当にシェイクスピア女史が苦手というか、もはやこれは拒絶反応と言うべき顔色の悪さだ。後で、私の方からも女史にはきつく言い含めておく必要があるかもしれない。彼女がどれだけ私の話を聞いてくれるかは、正直わかったものではないが。
「だけど、『いつも通り』にしては随分遅かったみたいですけど」
「あーそうそう! それ! 本当に参っちゃうぜ。めちゃくちゃ待たされてさ」
 ゲイルの説明はいつものことながら要領を得ない。というわけで、アーサーも私も、少しずつではあるが我を取り戻しつつあるオズに視線を向ける。説明はあくまでオズの役目だ。オズは、長い睫毛を伏せて憂いを帯びた表情を浮かべる。その表情一つ取っても、つくりものを思わせる美しい造形をしている。
 ただ、その整った形の唇から飛び出した言葉は、思わぬ凶報だった。
「……何でも、研究員が三人急死したらしい」
「三人?」
「霧航士や翅翼艇に直接関わりがある部署の研究員じゃないから、多分、ジーンたちは知らないと思う。ただ、彼らを統括するアニタとその周辺が大騒ぎになってるみたいだ。比較的大きな権限を持たされていた研究員だったようで、誰が後を引き継ぐかとか、そういう話で持ちきり」
「急死……、ということは」
「最低限、アニタの知る範囲では何ら死の予兆は無かったそうだ。それこそ、エリオット・イーズデイルがやってきたかのようだ、とアニタは言っていた」
 エリオット・イーズデイル。死の導き手、夜霧を渡るもの、死霊の王。その名を聞いたゲイルが「ひっ」と身を竦めたのは、全員見ないふりをした。いちいちゲイルのお化け嫌いに付き合っていたら話が進まない。
 その一方で、私は、これこそが「エリオット・イーズデイル」と呼ばれるものなのかと妙に納得してしまった。トレヴァーが、件の事件をエリオットのものでないと断言した理由もよくわかる。本当に……、それこそ、本人達もその周囲も何一つ理解できないままに命を落とす。果たして彼らを襲ったのが病魔か不幸な事故かはわからないが、その「不可解さ」そのものに名前をつけたものがエリオット・イーズデイルなのだと否応なく思い知らされる。
 その時、オズはふ、と小さく息をついて紫水晶の視線を逸らす。
「詳細な検死はこれからだそうだが……、本当にエリオット・イーズデイルの仕業なら、正確な死因が明らかにされることはないだろうな」
「……うん?」
 何かが妙だ。オズの口ぶりは、架空の殺人鬼エリオット・イーズデイルについて語っているようには思われなかった。元より彼がこのような言葉を選ぶのは、何らかの事実に基づく時だけであって。それを知らないはずのないアーサーが、半眼でオズを睨む。
「オズ、その三人の死因について、なんか心当たりでもあるんじゃないですか?」
「いや……、何も、無いぞ?」
 嘘だな。完全に目が泳いでいる。オズはもう少し腹芸というものを覚えるべきだと思う。元より腹芸から程遠い私が言うべきことではないが。
 アーサーは胡乱な視線をオズに向けながら、紫煙を吐き出して言う。
「いやね、オレも噂くらいは知ってますけど。現代におけるエリオット・イーズデイルって、本当は」
「うおおおお、だから! エリオットの話は! やめろって! いってんだろ!」
 アーサーの声は、ゲイルの咆哮によって遮られた。すっかり涙目になってるんだが、本当に嫌いなんだな、お化け。
 それとほとんど同時に――あまりにも唐突に、耳障りな音があちこちから響き始める。具体的にはそれぞれのポケットであったり、懐の中であったり。要するに、司令部からの出撃要請を示すコール音だ。先刻から感じていた通り、我々の力が必要な局面が来たということだ。
 ゲイルはぱっと表情を輝かせ、オズはそれとは対照的に緊張に表情を引き締める。アーサーはやれやれとばかりに首を振って、吸い掛けの煙草を灰皿に押し付ける。
 トレヴァーは、今のコール音が鳴り始めた時点でとっくに作戦室に向かっているだろう。彼は普段こそ神出鬼没かつ気ままに振舞うが、決して命令を違えることだけはしない。
 私もまた、灰になりかけていた煙草の火を灰皿で消して、立ち上がる。
 そして、魄霧の海に身を捧げる者の一人として、胸に抱く望みこそ異なれど、共に飛ぶ同志に向けて宣言する。
 
「さあ、行こうか。私たちの在るべき場所に」

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