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談話室の飛ばない探偵たち

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 人を殺す係、殺した人体から脳を摘出する係、そして、それらが完遂されるまで、現場に人を近寄らせないようにする係。
 オズが三本の指を立てたところで、アーサーが「あー」と背もたれに寄りかかって天井を仰ぐ。
「それもそうですね。しまったな、身近にオズみたいなのがいるせいで、すっかり一人で全部やったもんだと思いこんでました」
「アーサーはどれだけ俺を殺人犯にしたいんだ?」
 しかし、アーサーの言うとおり、我々はいつの間にか単独の犯人像を勝手に思い描いてしまっていた。いくら我々の議論が単なる遊びでしかないとはいえ、確かにそれでは犯行可能な人間も限りなく狭くなろう。
 逆に言えば、複数犯の可能性を考えた時点で、無限に近い可能性が広がってしまうともいえた。それでも、オズはうっすら無精髭の浮く顎に手を当てて、早口に言う。
「複数犯であっても、それぞれの条件を満たそうと考えるなら、かなり難易度は高いけどな。それぞれそれなりの専門技術が必要になるんだから」
「特に、ただ殺すならそれこそオレたちでも余裕でしょうし、いくらでも候補は出てくるんでしょうけど――脳を摘出するとなると、ですか」
「そうだ。お前らの主張の通り、医学、っつーか解剖学の知識は前提だろうな。新聞の書き方を見る限り、単純に頭を割って脳味噌をこそいだって感じでもないし」
 オズが重たい煙を吐き出したところで、ゲイルがちょいちょいとオズに指で何かを示す。オズはそれだけでゲイルの意図を察したらしく、自分の銀のライターと、くしゃくしゃになった煙草を一本ゲイルに渡した。
 ゲイルはにこにこしながらオズから受け取った煙草に火をつけ、煙を吸って、満足げに吐き出す。
「そうそう、これこれ。アーサーのだと軽すぎてさあ。やっぱりオズはわかってるよなー」
「だったら、勝手にオレの奪って吸うのやめてくれねーですかね!?」
 アーサーの非難などどこ吹く風、とばかりに、ゲイルはいやにいい声で鼻歌を歌いながら煙草を吸い続ける。
 トレヴァーが窓を開けてくれたおかげで部屋に煙がこもることはないが、それでも、普段と少しばかり違う気がする煙の香りに、つい眉間に力がこもってしまう。
「……オズ、また一段重くなってないか、それ」
「なんか今までのやつだと、全然吸ってる感じしなくてさ。体に悪いのは俺が一番よく知ってるから、大目に見てくれると嬉しい」
 これで元は医者志望だったというのだから世も末だとは思うが、オズのヘビースモーカーぶりは今に始まったことではない。というか、吸わないとやってられない、というのが本当のところなのだろう。オズには、本当に苦労をかけさせているとは思っている。
「えーと、で、脳の摘出方法の話だったな。今までの事件における死因は全て頭部以外の損傷だ。一件は絞殺だったか。要するに、徹底的に頭部への損傷は避けて殺害した上で、丁寧に頭蓋を開いて脳を取り出してる」
「……頭蓋骨を切るのには、特殊な道具は必要なのか?」
「単純に『切る』だけならそこまで特殊な装備はいらない。でも、仮に脳を傷つけないように、って条件だった場合、専用の道具だけじゃなくて、それらが揃った適切な場所じゃないと難しいかもしれん」
 まあ、施術者の腕にもよるだろうけどな、とオズは補足する。
 本当に聞いているのか聞いていないのかわからない態度で鼻歌を歌っていたゲイルが、ふと、オズの名を呼ぶ。
「お前の家、お医者様なんだから、そういうのぱぱっとできそうな奴しらねーの?」
「俺自身が医者ってわけじゃねーんだ、んなもん知るかよ、って言いたいところだが、単純に施術が可能だろう、っていう条件なら何人か知ってる。そのうち一人はゲイル、お前もよく知ってるはずだけど」
「え? 俺様が?」
「お前の彼女だよボケ」
 一瞬、ゲイルは言葉の意味がわからない、とばかりにぽかんとしたが、次の瞬間に目を見開いて「ああ!」と声を上げた。
「サヨ! そっか、あいつ、外科医じゃん!」
「しかもめちゃくちゃ腕のいい、な」
 軍医サヨ・イワミネには私もよく世話になっているから、当然見知っている。同盟国である東国出身の女性で、我々とそう変わらない年齢ながら、女王国の伝統的な医学体系とはまた異なる、再生記術を中心とした医療で今まで幾人もの兵の命を救ってきている。
 そして、何故かゲイルの彼女である。なお、ゲイルがイワミネ医師の心をどう射止めたのかは霧航士七不思議のうちの一つであり、もはやエリオット・イーズデイルと並ぶ都市伝説のような扱いを受けている。
「サヨは繋ぐ方専門だと思われてるけど、正しく繋げられるってことは、正しくバラすこともできる、ってことだからな」
「ほうほう。……っつーか、人の彼女疑ってかかるのやめてくれねーかな!」
「なら、お前も相方を疑うのをやめていただきたいところだな。お前、さっきはああ言ってたけど、絶対一度は俺のこと疑っただろ」
「うぐっ」
 流石オズ、付き合いが長いだけはあって、ゲイルの思考は完全に読み切ってるな。
「勘違いしないでほしいが、サヨを疑ったつもりはない。ただ、彼女くらいの技量がないと、今回の事件を成立させるのは難しいってことだ。あと俺が知ってる人間バラせそうな連中といえば、アニタとか、あれ周辺の生体を扱ってる連中くらいかな」
 それと、と。オズは言いながら、自分用の携帯灰皿にほとんど吸い口のみとなった煙草を押しつける。
「『どうやって』を考えるなら、まずは時と場所を考える必要があると思うんだ」
「殺害場所と脳を摘出した場所と死体の発見場所、そしてそれぞれが行われた時間の間隔ですかね」
 アーサーの言葉にオズは首肯する。アーサーは新聞の文字列を指先でなぞり――オズに説明するというよりは、自分自身の思考を整理するためにだろう、一つずつ言葉に出してゆく。
「警察の捜査の結果ですが、どの事件も、殺害は夜間に行われています。どの死体も発見は翌朝――霧払いの灯がつくのと同時、くらいですね。三件目の被害者の第一発見者は、まさしく点灯夫みたいですし」
「うげぇー……。誰よりも早く起きて、よーし、今日もお仕事がんばるぜー、って出かけてったら死体とおはようございまーす、ってことだろ? マジ同情するわ……」
 ゲイルが露骨にげっそりとした顔をする。そういえば、ゲイルは下町の点灯夫の生まれだったか。灯をつけた途端に脳のくり抜かれた死体と目が合ってしまう様子が、ありありと想像できてしまったに違いない。
「ん? でも、ってことはだぜ。灯が届くような場所、っつーか灯がつけば誰にでも見えるような場所に死体があった、ってこと?」
「そういうことですね。殺人の瞬間は誰の目にも留まっていないのに」
「……とすると、死体は殺害場所から移動している、いっそ『発見される』場所に移されている、と考えるべきか」
「ですね、オレもジーンと同意見です」
 アーサーの言葉には、オズも特に異論はなさそうだった。長い睫毛を瞬かせて、話の続きを促す姿勢を見せる。
「いくら街灯が消えて、霧と闇が濃い時間帯でも、本当に『誰の目にも留まらない』場所って、案外少ないですからね。この首都なら尚更」
 確かに、新聞の文面を思い出してみれば、最初の少女の事件は下町だったが、その後は繁華街近くで死体が発見されているものもある。夜更けまで灯りが消えないような場所で発見されながら、犯行の現場が誰にも確認されていない、となれば犯行場所と発見場所は別と考えるのが妥当だろう。
「で、犯行場所は特定できてないのか? 今見せてもらった内容だと、最新の事件の情報しかろくに載ってなかったけど」
「事件によりますね。最初の少女が殺害された事件は発見場所近くに血痕が見つかってますけど、それが少女のものかどうかは照合中。二件目、三件目、それに今回の事件は事件の痕跡を捜査してる途中、って感じです」
 何もわかってねーようなもんじゃん、とゲイルが両手を挙げる。今回ばかりは、私もゲイルの言葉を認めざるを得なかった。
 しかし、オズはそうではなかったようで、紫水晶の目を細めてアーサーの手の中から新聞を取り上げる。
「死体の発見場所はまちまち、なんだよな」
「ですね。その新聞の通り。……何か引っかかります?」
「やっぱり、脳を摘出する辺りで引っかかってる。いくら動かない死体相手とはいえ、野外で、何にも邪魔をされずに手続きを完了できるとは思えない」
「人の目……、もそうですが、そうか」
 アーサーはぽんと手を打つ。
「天候ですね」
「ああ。この新聞の記述を信じるなら、二つ目の事件が発生した日はその前日から三日間雨が続いてるんだ。実際、死体は雨ざらしになっていたと書いてある」
「だが――、果たして、そんな状況下で、頭蓋を開いて脳を摘出するなどという行為が可能か、という話か」
 私の言葉に、オズとアーサーは頷いてみせる。もうゲイルは完全に話についてくることを諦めたようで唇を尖らせて足をぶらつかせているが。
「可能か、といえば可能だ。ただ――、仮に俺なら『やりたくない』。雨に濡れながら人の頭をくり抜くのも嫌だし、誰かに傘でも差し掛けてもらってやるのか? 馬鹿馬鹿しい」
 それに、痕跡も残さずに綺麗さっぱり脳だけをくり抜くような犯人が、そんな『何かに邪魔されかねない』場所で施術をするとは思えない、とオズは主張する。
「だから、俺はこう思うんだ。それぞれの死体の発見現場から、そこまで離れてない場所に『脳を取り除くための施設』があるんじゃないかって」
 言いながら、オズは新聞の上に描かれていた、死体発見現場を中心に、指で円を描いていく。それを見たアーサーが、露骨に眉間にしわを寄せる。
「そこまで離れてない、っていうのは? っつーかその円の大きさの根拠を聞かせてくださいよ」
 今度ばかりはアーサーにもオズの話の意図が掴めなかったらしい。どこか喧嘩腰にも聞こえる言葉に対し、オズはあくまで淡々とした調子で応える。
「殺害時刻が夜中で発見が早朝、霧払いの灯の点灯は季節によって多少前後するが、今なら朝の四時。つまり、犯行可能な時間帯は長く見積もっても六時間」
 最初の少女の事件はともかくとして、その後の事件は全て成人の男女が狙われており、しかも犯行が行われる時刻の直前まで「生きていた」ことが第三者によって確認されている、と新聞にはある。
「死体を運ぶのに、車や馬車は使われていないはずだ。殺害現場が人目に付かない場所であるなら、尚更」
「なるほど、普段何も通らない場所をそんなものが通ったら、確実に誰かがその音に気づくだろうし、記憶しているだろうな」
「あー……、つまりこれ、六時間の徒歩圏内ってことですね」
「正確には最大三時間で計算してる。いくら複数人で行っているとはいえ殺害の痕跡を消す時間と、脳を摘出する時間が必要だろうし、ついでに発見時刻を考えると、それより一時間以上前には死体を発見予定場所に移動しておかなきゃならないからな」
 何しろ、この首都には規定時刻の一時間前に灯をつける、はた迷惑な点灯夫が平気で存在するからな、とオズは呆れ顔でゲイルを見やる。ゲイルは「あ?」と阿呆面をさらして首を傾げるだけだったが。
 なるほど、ゲイルならやりかねない。何事にもだらしなく見えるし実際だらしないゲイルだが、何故か朝だけはやたら早い。点灯夫時代に取った杵柄だと言うが、単に誰よりも早く行動しないと気が済まないというだけな気がしている。
 最強最速、それは何も海の上だけではないと証明しないと気が済まない、みたいなところがゲイルにはある。子供のようだと思うかもしれないが、ゲイルとはそういうものだ。要するに子供と何も変わらない。
 かくして、オズは新聞の上に指先で四つの円を描く。死体の発見現場と、そこから死体を運べる範囲を示した円が、全て重なり合う場所。そこを指して、オズの唇は言葉を紡ぐ。
「だから、きっと、この辺りに、犯人集団の拠点――もしくは、死体から脳をくり抜くための設備があるんじゃないか、と俺は考える。極端な話、」
 つい、と。指が、地図に示された予測範囲のうちの一点、今まさしく我々が存在している軍本部、時計台の一角を指し示す。
「事件は、時計台の中で起きていたかもしれないんだ」
 その低い声は、酷く冷たく、かつ厳粛な響きを伴って、私の耳に届く。アーサーやゲイルにとってもそうだったのだろう、いつになく強ばった表情でオズを見つめている。
 オズは気づいているのだろうか。自分自身の言葉が、時に人を圧倒するだけの力を秘めているのだということに。何もかもを演算によって導く我らが頭脳は、時に人間ですらない、「絶対」を司る機関仕掛けの何かであるかのような錯覚を抱かせるのだ。
 奇妙な、けれど不思議とそれが当然だと思われる沈黙は、しかし談話室の奥から放たれた声によってあっけなく破られる。
「とは言うけどさあ、オズ。それ、あくまで今手元にある情報だけから導いた『推測』にすぎないよね?」
 そう言ったのは、今まで本に集中しているとばかり思われていたトレヴァーだった。いつの間にか、彼の膝に載せられた本は最後のページを残すのみとなっていた。
 そして、オズもトレヴァーの言葉に、一瞬見せた冷たさをすっかり払拭して、ぼんやりした表情で口元をゆるめてみせる。
「もちろん。何一つ確かといえない想像から、もっともらしいことを言ってるだけだけだ。今の話だって、そもそも施術を行う施設が『一つ』だって前提がないと破綻する、あまりにも根拠薄弱にすぎる説さ」
 何せ『虚空書庫』にも頼らない素人推理だからな、とオズは言いながら顎をさする。どうも、伸びた無精髭が気になっているらしかった。
 私自身はそんなオズの一挙一動から目が離せないままではあったが、それでも、妙な緊張はすっかり溶けてなくなっていた。果たしてトレヴァーがそれを意図して発言したのかは、わからなかったが。
 ああ、しかし、そうだな。
 オズの発言で納得しかけたが、そういえば一つ、どうしても気にかかることがあったのだ。最初は考える必要がないと思っていたが、ここまで言葉を尽くした以上は、これに触れないのも不自然に過ぎる。
「なあ、お前たちは不思議じゃないのか?」
 声を出した途端、その場にいる全員の――今度こそ、トレヴァーも含む――視線が私に向けられる。戦闘前ミーティングでもないのに注視される、というのはなんとも落ちつかないものだが、それでも、一つ、意識して呼吸して。
「何故、死体から脳味噌が奪われているのか」

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