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談話室の飛ばない探偵たち

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「……『どのように犯罪を成し遂げたのか』ってやつですか。いやあ、本格的に探偵小説の文脈になってきましたね」
「ボクも推理ものは好きだし。まあ、架空の話である限りは、だけどね」
 言って、トレヴァーはアーサーに自分の持っている本の表紙を見せる。タイトルは『名探偵デイヴィッド・ディーガルの事件と華麗なる推理』。元々は娯楽雑誌に長期連載されていた探偵小説だが、熱狂的な読者が多かったため、連載内容を一冊にまとめたものだったと記憶している。
 だが――。
「それ、つい最近発禁処分になってなかったか?」
「だから、めちゃくちゃ古書店巡っちゃってさあ。こっそり売ってくれる店があってよかったよ。ほんと、言論統制とか、ボクみたいな本の虫には迷惑以外の何物でもないよね」
 言葉や物語を狩って、いい結果を迎えた歴史なんて一つもないのに、お上も馬鹿だよねえ、と。外で言おうものなら即引っ立てられてもおかしくないことをしれっと言ってのけた後、トレヴァーは再び本を開いて読書の姿勢に戻る。今まで好きに喋っておいて、それ以上、我々と積極的に話を続ける気はないとわかる。
「ほんとにマイペースですよねえ、トレヴァーは……」
 アーサーの呆れ声にも、トレヴァーは何ら反応を示さなかった。完全に本に意識を向けてしまっているらしい。トレヴァーは、高い能力を持つ一方で陸の上でも海の上でも好きに振る舞う、というのが我々の共通認識だ。振る舞いの方向性は場所によって異なるが、それはそれとして。
「しかし、『どのように』……か」
「まあ、トレヴァーの言うとおり、それがわからなきゃ、犯人像だって割り出せないってのはわかるんですけどね」
 可能か不可能かといえば、可能、には違いない。実際に、事件は起こってしまっているのだから。だが、果たして、人を殺して脳を引きずり出すなどという真似をどうすれば完遂できるのか――。
 アーサーもその辺りについていくつかの可能性を思考し始めたのだろう、顎の辺りに手を当てて沈黙する。なお、ゲイルは流石に飽きてきたのかテーブルの端に置かれている――そう、それもトレヴァーの存在を知覚するまで存在に気づかなかったのだが――本の山に手を出そうとして、トレヴァーに零度の視線で威圧されている。
 その時、不意に、私の背後に位置する談話室の扉が開く音がした。
 場にいる全員の視線が、一点に向けられる。
 私もまた、振り返って扉を開けた男を目にする。
 綺麗に切りそろえられた黒髪は酷くべたついていて、人形のように整った目鼻立ちも普段よりやつれているというか、明らかに不健康そうな色味を帯びている。おそらく、今に至るまでろくに眠っていなかったに違いない。
「……オズ」
 オズ――オズワルド・フォーサイス。
 先刻もちょくちょく話に出ていた通り、彼もまた、我々の同期のひとり、ではあるのだが。
「オズ、お前、また徹夜してたのか?」
「ん。なかなか切りのいいとこまで描けなくて。一段落したから、休憩しに来た」
 呆れ声のゲイルに応えて、ふあ、と欠伸をするオズは、絵の具ですっかり汚れたエプロンを身に着けているし、指や服の袖もあちこち絵の具の青に染まっている。この姿だけ見る限り、彼を「霧航士」だと判断するのは難しいし、正直、オズは霧航士よりよっぽど画家の方が向いていると思っている。思うだけで、実際に言葉にしたことはないが。
 徹夜明け、という言葉に違わず、眠気に満ちた頼りない足取りで歩いてきたオズは、私の横を行きすぎてゲイルの座る長椅子の背に寄りかかり、エプロンのポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出して、そこから一本煙草を引き出す。
「……で、さっきから随分盛り上がってたみたいだけど、何の話してたんだ?」
「これですよ。オズは知りませんでしたっけ?」
「ん」
 オズはアーサーから新聞を片手で受け取って、秒で返した。それから、すっかりねじ曲がってしまっていた紙巻煙草を汚れた指先で伸ばし伸ばし、ぽつぽつ低い声で喋り始める。
「噂は知ってる。詳細は今読んで初めて理解したって程度」
「相変わらず気持ち悪い速読っぷりですね」
 アーサーが露骨に眉を寄せる。アーサーも書かれたものを読み解くのは早い方だが――感覚器官から得られる情報を選別する速度も、霧航士に求められる特質の一つだ――オズのそれには流石に劣る。何せ、オズは「首から上の能力」をもって認められている、霧航士唯一の「特別枠」なのだから。
 そのオズは、長椅子の後ろに立ったまま煙草に火をつける。オズが愛好する強い煙草から漂う重たい香りは、オズが身に纏う絵の具の匂いと混ざり合って、奇妙というか、率直に言って好ましいとはいえない匂いを生み出していた。
 途端、トレヴァーが無言のまま席を立ったかと思うと、テーブルの上の本を全部片手に抱え、自分が座っていた安楽椅子を窓際に引きずっていったかと思うと、窓を少し開けて座り直した。
 そういえば、トレヴァーは匂いに敏感というか、神経質なところがあるのだった。しかし、気持ちはわからなくもないが、ここまで露骨なのは流石にどうなんだ。オズ、相当傷ついた顔してるぞ。
「……その、トレヴァー?」
「なーに」
「せめて、着替えてきた方がいいか?」
「別に、君を非難する意図はないよ。どうぞ、そのまま続けて」
 フォローのつもりなのだろうか、トレヴァーはそれだけを言って再び読書に戻った。オズは何を言うべきかわからない、とばかりに途方に暮れた顔をしていたが、やがて気を取り直したのかこちらに視線を戻す。
「で、この事件が何だって?」
「いやー、暇だったから、この事件の犯人がどんな奴なのかなーって話してたんだよ」
「あと、この事件がどうやって起こったのか、ですね。その、よくできた頭で何かぱぱっと解決できたりしません?」
 アーサーの揶揄混じりの言葉に対し、オズは「ふむ」と紫煙をくゆらせながら、長い睫毛を伏せる。
「これだけの情報だと、絶対に無理」
「一から十がわかる秘密兵器はどうしたんですか」
「それだ! オズ、ちゃちゃっと書庫覗いてみろよ!」
 オズは第二世代霧航士の頭脳と呼ばれるが、それは、単に思考能力が優れているということだけを意味しない。演算能力や並列思考など、霧航士に必要な思考能力は、それこそアーサーもオズに及ばないまでもそれなりのレベルで有している。
 しかし、オズは、もう一つ、他の誰も持たない特殊な能力を有している。
 それこそがアーサーの言う「秘密兵器」――『虚空書庫』と呼ばれる能力だ。
 女神ミスティアの神話に登場する、世界創造の遥か過去から現在までの「全て」を収めた書庫の名を与えられた能力について、私も、それどころか持ち主のオズですら全てを把握しているわけではない。ただ、それが生まれついてのものであるらしいこと、一つの情報からオズ本人すら知り得ない関連情報を引き出すという、それこそ女神の権能に等しい能力であることだけは、はっきりしている。
 確かに『虚空書庫』に聞けば、事件のあらましどころか犯人すら明らかになってしまうのかもしれない。詳細な仕組みは不明だが、オズの能力はどこまでも、そういうものだ。
 ――が。
「お前らな、こんな暇つぶしで俺に鼻血吹けってか? 仕事でもないのに命削ってたまるかってんだ」
 オズはきっぱりと首を横に振った。
 そう、『虚空書庫』は強大さの一方で、オズに使いこなせるものではない。オズ曰く『虚空書庫』の与える情報は人間の魂魄の容量を大きく上回っているらしく、下手に書庫を覗こうものなら、即座に魂魄と魂魄器官たる脳が焼き切れて廃人になってもおかしくない、らしい。
 実際に、戦闘中は翅翼艇の演算機関の力を借りてすら、オズの脳には壮絶な負荷がかかっているようで、それに伴う激しい頭痛と鼻腔からの出血に悩まされている。
 というわけで、オズが首を横に振るのも当然であるし、もちろんアーサーもゲイルも本気で言っているわけではないわけだが。
「それでも、オズの能力さえあれば、この世の難事件はたちどころに解き明かされそうだよな」
「ジーンまでそういうこと言うのか? 言っとくが、俺が視認してない出来事をこのレベルの情報で解決しようとすると、九割九分九厘『エアリエル』の補助ありでも俺の脳が焼き切れて使い物にならなくなる、って試算だからな。割に合わなすぎるだろ」
「一つの難事件を解決するのに一人のオズが犠牲に捧げられるんですか。いやー、儚いですね……」
「アーサー、俺の犠牲前提で話さないで。あと俺は一人しかいません」
 まあ、世の中そう美味い話はない、ということだ。それに、善良で正直なオズのことだから、そういう方面の有効利用を考えたことも一度や二度じゃないんだろう。オズの「九割九分九厘」という言葉は、つまり「今までにも何度も試算をしたことがある」ということなのだから。
「でもよー、それにしたって、何かわかることねーの? 無理って言い切らないでちょっとくらい付き合ってくれよー、なぁー」
「……ゲイルがそう言うなら、まあ」
 そして、善良で正直で、押しに弱いのがオズの特徴である。それらはオズの美徳だと思うが、いつか本人も気づかないうちに借金やら何やらを背負わされるタイプだ、とオズを評したのはトレヴァーだっただろうか、アーサーだっただろうか。私もその評価をことさら否定できずにいる。
「それで、何について考えればいいんだ?」
「……やはり、今回の事件の手順について、だろうか」
「ですねえ。今まで犯人像を考えてたんですけど、脳味噌を正しく摘出できるだけの医学知識と、人をいくつかの手段で殺せるだけの凶器の扱いと、誰にも見つからないだけの場所と時間とを判断する頭を持ってる奴なんて、それこそ一人くらいしか思い浮かばないわけでして」
 アーサーの言葉に、オズは眠気やら何やらでぼんやりしていた顔を、はっと強ばらせる。
「俺じゃん!?」
 やっぱり自分でもそう思うのか。難儀だな。
「違うからな!? 俺は犯人じゃないからな!? 無実だ! 俺は悪くねえ!」
「わかってるわかってる! 俺様もオズのことは疑ってねーから!」
 ゲイルもさっき一瞬オズのことを疑っていたような気がするが、まあ、言わないでおいてやろう。アーサーも大げさに肩を竦めて、「それに、オズが犯人じゃないのはわかりきってますよ」と言い切る。
「だって、オズ、知識はあっても実行に移すだけの能力ないでしょ。不可能、とは言いませんけどあまりにも時間がかかりすぎるし、証拠を残さないで完遂するなんて絶対無理ですよ」
「不器用で悪かったな!」
 そう、私たちがオズを犯人だと断定しない一番の理由はそれだ。
『虚空書庫』に頼らなくとも、オズは今回の事件に必要な知識を有しているだろう。かつて医者を志していたが故の豊富な医学知識。霧航士の訓練課程に当然ある各種武器の扱い、そして首都の地理と人の流れを完璧に記憶できうる絶対記憶能力を備えている。
 しかし、オズは、とんでもなく不器用なのだ。
 武器を持たせたらまず一度は自分が怪我をして、医師を務める実の父親からも「オズにメスは持たせられない」と言い切られる(これは幼なじみであるゲイルの証言だ)、そんな彼が今回の事件を実行に移せるとは、この場にいる誰も思っていない。
 疑いが晴れた一方で不機嫌そうな面構えになる――ここまでこき下ろされれば当然といえよう――オズだが、わしゃわしゃと己の黒髪を乱しながら言う。
「でも、そうだな。どうやって、って考えるなら、まずは『一人の犯行ではありえない』、って考えるのが妥当だろ」

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