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談話室の飛ばない探偵たち

whodunit - A

 ――犯人当てゲーム。
「要するに、この事件の犯人の人物像を、この限られた情報の中から推理する、ということか」
 私の言葉に、煙草をくわえたアーサーはにこりと微笑む。
「そういうことです。ゲイルと違ってジーンは物わかりがよくて助かります」
「いちいち俺様を引き合いに出して貶すのやめてくんない?」
「あ、今の、貶されてるってのはわかったんですね。いやー、ゲイルも成長しましたねー」
「うっわむかつく」
 ゲイルがこめかみに青筋を立てたが、アーサーはもちろん取り合うことなく、私に向き合う。
「もちろん、ゲームって言ったって明確なルールがあるわけでもねーですよ。警察が犯人を捕まえてくれない限り、答えもわかりませんしね。単なる暇つぶし、ってやつです」
 不謹慎だって怒ります、リーダー? とアーサーはにやにやと笑いながら言う。私が決して怒らないとわかった上で、だ。だから、私もお互いにわかりきっていることを、溜息混じりに言わざるを得ない。
「先ほども言ったとおり、私個人としては悪趣味だとは思うが、思考と言論は自由だ。この宿舎の外に出さない限りはな」
「やだなあ、オレ、表でそんな話するほど馬鹿に見えます?」
「どちらかといえば、お前ではなくゲイルに言っている」
「ちょっとー! ジーンまでひどくね? 俺様だってそこまで馬鹿じゃねーよ! 飛べなくなったらやだもん!」
 なるほど、「飛べなくなったらやだ」か。ゲイルの主張は、それはそれで正しいものといえよう。
 翅翼艇という機密の塊を扱う以上、口の堅さも霧航士の要件の一つであって、ゲイルがそこに抵触したことは……、一度か二度くらいはあった気がするが、それでもほとんど無いといえるはずだ。そもそも、口が軽い者は霧航士になれないか、仮にその時認められたとしてもいつの間にか消えている。それが霧航士というものだ。
 我々の中でも、女王国への忠誠ではなくただ「誰よりも高く飛ぶため」に翅翼艇を求めたという、極めて不純ともいえる目的で霧航士となったゲイルではあるが、この男は仮に舌禍で飛べなくなるくらいなら、舌を引き抜くことも辞さないだろう。その姿勢を含めて、ゲイルは確かに霧航士以外の何者でもありえないのだ。
 煙草をくわえて、お世辞にも美味いとは言えない、けれどどうしても禁じることはできずにいる紫煙を吸って、吐き出して。
「で。今のところは、どんな犯人像が見えてるんだ?」
 乗ってきましたね、とアーサーがにやりとする。何しろ、待機を命じられて暇なのは私も同じだ。それに、不謹慎で悪趣味な話ではあるが、この二人が不可解な事件を前に何を考えて、何を話すのかは興味がある。
 アーサーは火のついた煙草を指でもてあそびながら、ゆったりと語り始める。
「そうですねえ。まず、最低限、医学の知識と技術がある人物。頭蓋を正しくくり抜いて、脳だけを摘出するってなかなか難しいと思いますよ。ただぶち抜くのとはわけが違うんですから」
「あと、凶器の扱いにも精通してるよな。最初は銃殺だったけど、今回は刺殺だろ? 最初は女の子だったといえ、次の被害者は労働者のおっさんだったっていうし、今回の被害者にいたっては下っ端とは言え時計台の人間だぜ? 抵抗されずにさくっと殺るには、それなりの技量がいるだろ」
「ついでに、その全てが誰にも目撃されずに犯罪を完遂し、逃亡にも成功している、というところも大きなポイントになります。しかも、事件は首都のあちこちで発生している。つまり、首都の地理や人の出入りを、広域に渡って理解していなきゃ到底不可能な犯罪なんですよ」
「まあ、ここまで話して、ほんとにそんな奴いるのかよー、って話になったんだけどさー」
 ゲイルが長椅子の背にもたれかかりながら、当たり前のようにテーブルの上に投げ出されていたアーサーのシガレットケースから煙草を抜き取る。「自分で買ってくださいよ」とアーサーが嫌な顔をするのにも構わず、だ。ゲイルはどうも、オズやらアーサーの煙草を勝手に拝借する癖がある。
 さて、私も少し考えてみようか。どうせ、答えのないゲームなのだから、そう気負って考える必要もない。
 医学の知識がある、なるほどその通り。凶器の扱いに長けていて、しかも首都の地理にも精通していて、いつ、誰が通るのかも把握している。実際に起こっている事件を考えれば、そう考えるしかないのも、わかる。
 しかし、何故だろうか。
 それだけを聞くと、どうしても、頭の中をよぎる顔がある。しかも、とんでもなく見慣れた顔だ。
 馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、つい、言わずにはいられなかった。
「……その理論で行くと、犯人はオズなのでは?」
 アーサーはにやにや笑いを深めて、ふぅーっと深い呼吸と共に紫煙を吐き出す。
「あ、やっぱりそう思いました? オレもめっちゃ思ってました」
「だから、ねーって言ってんだろ! 確かに、俺様も言いながらオズの顔がちらついてたけど!」
 と言いながら、この場にいる全員がオズを疑ってなどいないのは、お互いの、気の抜けた表情を見れば明らかだ。
 我ら第二世代霧航士の頭脳、オズワルド・フォーサイスは、今、アーサーとゲイルが提示した条件を全て満たすには満たしてしまう。しかし、彼が事件を起こすような人間でないことはわかりきっているし、それ以上に、一連の事件に限っては犯人がオズでないと言い切れるだけの理由もある。
「……というわけで、さっきまでは、あの首から上だけ野郎が、もし警察に疑われるようなことになったら何て答えるのかな、って盛り上がってたんです」
「確かに、オズは、高圧的に追及されると、混乱して当人も思ってもいないことを言い出しそうだからな……」
「しゃべればしゃべるほど墓穴を掘りそうな感じするよなー。何であいつ、めちゃくちゃ頭いいのにそういうとこ全然ダメなんだろ。性格かな、性格だな……。俺様が育て方間違ったかな……」
 散々な言われようだが、私もそこに関しては擁護しようがなかったので、それ以上は沈黙するしかなかった。すまん、オズ。
「まあ、もちろんオズは冗談としても、そんなとんでもない条件を満たせる人間がいるかよ、って話なんですけどね。オズにでき得ることが他人にぱぱっとできるかといえば、もちろん、そんなことはねーわけで」
 だからあの頭でっかちは嫌味なんですよ、とアーサーは紫煙と共に私怨混じりの言葉を吐き出す。アーサーはオズに霧航士の枠を取られたことで長らく補欠扱いだった、と考えており、どうしても、オズに対しての言葉は普段以上に辛辣になりがちだ。
 とはいえ、アーサーの「頭でっかち」という言葉の通り、オズは紛れもなく我々の頭脳である。つまり、「馬鹿を取れるほど霧航士に枠がない」という言葉通り、頭の働きも他に劣ることのない精鋭の中でも「頭脳」だと誰もが認めるレベルの、高度な思考、演算、そして記憶能力を誇っている。
 そのオズになら可能だと言えることが、他の人間に可能かといえば、大概の場合は不可能だ。おそらく、ここにいる私を含めた三人も無理だろう。まず前提条件から満たせてないしな。
「今のところはそんなもんですね。ま、つまりは、何もわかっちゃいねー、ってことですよ」
「それはそうだろうな。情報が少なすぎる」
「ま、それでも適当に色々でっち上げるのって楽しいじゃないですか。ジーンはなんかいい犯人のアイデアありません?」
「これなら完璧、完全犯罪だぜ! みたいなやつ」
 どんなやつだよ、それ。
 と、思いかけて、ふと何か意識の中に浮かんだものがあった。どうせ遊びなのだから、と、特に躊躇うこともなく、浮かんだ名前をぽつりとこぼす。
「……エリオット・イーズデイル、とか?」

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