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不思議の国の紫苑 コンバラリアの行方

かぐや姫

かぐや姫【かぐやひめ】
『竹取物語』とも呼ばれる。最初期の物語の一つとされる。光り輝く竹の中から現れて、竹取の翁の夫婦に育てられた美しきかぐや姫。貴公子や帝に言い寄られるも、やがて月から迎えが来て空へと去っていってしまう。
 月から来たかぐや姫はまさしく手の届かない存在、「天上人」なわけだが。それを手にしたいと思った貴公子たちは、本当に「かぐや姫」が欲しかったのだろうか。それとも、「手の届かないかぐや姫を手にした俺」という証明が欲しかったのだろうか。
 
 
 
「アリス・ルナイト!」
 スピーカーから響くのは、鼓膜を震わせる、獣のような声。
「『紫苑の魔女』、お前の求めるものを持ってきたぞ!」
 また面倒な奴が来たな、と思いながら、けだるげにソファに腰掛けるアリスに声をかける。
「おい、お客さんだぞ」
「わかってるわ。今行く」
 今日のアリスは、赤い花をあしらった、黒い着物姿だった。和服の文化はとうに滅んでるはずだが、本当に物好きな奴である。重たそうに首を持ち上げると、傍らでくしゃくしゃになっていた、薄織物を上に羽織る。微かに赤みを混ぜた白髪を纏める簪の先で、ちいさく鈴の音が鳴った。
 立ち上がったアリスは、下駄をからころ鳴らして入り口へと向かう。俺も、特にそれ以外にすることもないから、アリスの後を追う。
 入り口を映すモニタを確かめると、喚いているのは見覚えのある男だった。アリスも、それを認めて口の端を歪める。
「あら、本当にあんな約束を守ってきたのね、律儀な人」
「お前、あいつに何言ったか覚えてるのか?」
「適当に言ったけど、多分大丈夫」
 適当や多分、という言葉と大丈夫、という言葉は、本来全く結びつかないような気がするのだが。相変わらずこいつの思考回路は理解できない。
 アリスが、鱗に覆われた指で開錠釦を押すと、金属の扉の内側で低く唸る音がして、それから音もなく左右に開いた。そして、アリスは、扉に前に待っていた男に向かって艶やかに微笑んだ。
「お久しぶりね。約束のものは?」
 男の姿は、どう見ても異様だった。灰の町ではまともな服も着られず、垢じみた姿をしている浮浪者も多い。だが、男はそれとは違う。男の服は元はそれなりに仕立てのよいものであったにも関わらず、裾や袖はほつれ、ところどころは破れている。衣を染めているべったりとした黒いものは、血だろう。この男のものか、他の奴のものかはわからなかったが。
 確か、初めてこの塔で顔を合わせた時には、気障な色男といった風体だったはずだが、今や顔は青く痩せこけ、髪も髭も伸びっぱなしで、目だけは餌を目の前にした獣のごとく、ぎらぎらと輝いている。これでは色男が台無しだ。
 そんな男は、背負っていた袋から、箱を取り出した。その箱を開くと、中には旧時代――『存在しない時代』の機巧が収められていた。見たところ、腐食の進んだ金属の部品が複雑に組み合わさって、一つの機巧となっているようだった。
 一体、これは何だ。そんな風に思っていると。
「これが、貴様の求めた『裏切りの使徒の多重封印機巧』だろう!」
 男が、自分から言ってくれた。俺もアリスが何を言ったのか忘れてたから、ちょうどよかった。あと、アリスも、男の言葉に「ああ」と呟いた辺り、男に何を言ったか自分で忘れてた。これは絶対忘れてたな。
 だが、そんな俺のじと目をきっぱり無視して、アリスは金色の両腕で箱を受け取る。そして。
「リアン、これは奥へ」
 ほとんど投げ捨てるように、アリスは男の「贈り物」を俺に押し付けた。そして、小声で、男にはわからないようにだろう、既に楽園からは失われた言葉で囁く。
『正直、何に使うのかわからないから、アルに確かめてもらうわ』
『わからないで頼んだのかよ』
『「裏切りの使徒の多重封印機巧」なんて仰々しい呼び名がついてるから、一度見てみたかったの。まさか実在するとは思わなかったけど』
 そんな酷い理由でつき合わされちゃ、たまったものではない。俺は、見る影も無くぼろぼろの姿になった男をちらりと見やる。おそらく、この「贈り物」の探索行の結果だろう。一瞬だけ男に同情する。ほんの、一瞬だけ。
『それと、この男の言葉が嘘だとは?』
『正直真偽はどうでもいいわ。私には見抜けないし』
 それに、と。アリスは、紫苑の瞳で微笑んだ。笑っているはずなのに、何も感じていないかのような、からっぽの表情で。
『どうせ、ただの、ごっこ遊びなんだから』
「アリス・ルナイト!」
 そんなアリスの言葉を遮って、男は叫んだ。
「俺は約束を守った、今度は貴様が俺の望みを叶える番だ!」
 アリス、と。俺はその名を呼ぶけれど、アリスはひらひらと手を振って、男に向き直る。
「そうね。ルナイトの魔女は、約定だけは守るもの。あなたの望み、叶えてさしあげましょう。こちらへ」
 からん、と。下駄を鳴らして、男を塔に招く。男は、荒々しい喜色を浮かべて、アリスの背を追った。
「これで、俺も永遠の命が手に入る」
 そんな、呟きを残して。
 俺は、そんな二人の背中を、ただ、見送るだけ。ここから先は、アリスとあの野郎の間の取引の話であって、俺には関係ない。今の俺がすべきことは、男が持ってきたこの箱の解析を依頼すること。
 それと、アリスの気まぐれの後始末だ。
 
 
 楽園には、遠い昔から『紫苑の魔女』と呼ばれる魔女がいる。
 アリス・ルナイトという名で呼ばれるその女は、紫苑の瞳と金色の腕を持ち、千年以上もの間、闇に潜み、時には楽園を巡る吟遊詩人として、楽園の歴史を観測している。
 不老にして不死。世界樹から生まれ、世界樹に還る楽園の理に背を向けた、呪われし娘。
 何故アリスが不死であるかには諸説あり、女神に不敬を働いた罪で、死という安らぎから遠ざけられたとも、楽園の闇を生み出す『金色の王』に忠誠を誓い、永遠の命を与えられたとも伝えられている。だが、それらはあくまで伝承に過ぎず、真実は誰も知らないし、アリスも何も語ろうとはしない。
 そして、不老不死の存在が、表向きアリス以外に観測されていない以上、不死となる方法は、楽園が創られて千年以上経った今となっても、闇に包まれている。
 ただ、楽園には、永遠の命を得る方法が、いくつも伝わっている。
 その中でも手っ取り早いと思われるのが、魔女アリスから不老不死の力を「分けて」もらうというやり方だ。このやり方にも色んなパターンがあるらしいが、大概がろくでもない内容だ。
 それでも、一縷の望みをかけてアリスの下を訪れる客人は多い。
 永遠とは言わずとも、這い寄る死を遠ざけたいと思うのは、人の性というものなのかもしれない。俺は、不老不死なんざいいものではない、と常々思っているが、世間の連中はそうでもないらしい。
 だから、永遠の命、不老不死を求める「命知らず」は、今日もアリスのわがままと気まぐれ、そして根も葉もない噂に振り回される。
 振り回された結果も、考えないままに。
 
 
 解析の結果、男の持ってきた箱は、今の時代では動きもしないただのガラクタだった。
 とはいえ、異端研究者にとっては貴重な史料だろうから、後で横流しすればいいだろう。
 そんなことを思いながら廊下に出ると、男の断末魔が耳に届いた。すっかり耳慣れてしまった音色も。
 溜息一つ、そちらに足を向ける。これから目にするであろう惨状を思うと溜息しか出ないが、これも仕事だと割り切るしかない。俺がやらなければ、誰も始末しちゃくれないのだから。その点では便利だったあの天才様の不在を恨む。
 アリスの部屋の前で立ち止まり、三度のノック。もちろん返事なんてないから、勝手に開ける。鍵はかかっていなかった。
 そして、部屋の中に広がる光景は、あまりにも予想通りのものだった。
 豪奢な寝台の上に、アリスと男は絡まりあうようにして倒れている。アリスの着物は帯を解かれ、ほとんど裸体を晒している。男も服を脱ぎ捨てた姿だった。そんな二つの肉体が、血みどろになって横たわっていた。よく見れば、男の手には禍々しい形状のナイフが握られ、アリスの首筋には深々と切れ込みが入っている。
 そして、男の首筋にも、そっくり同じ切れ込みが入っていた。
 わかっていたが、いつ見ても、気持ちのよいものではない。とっとと片付けようと決意して、既に事切れている男の体をアリスの上から無理やりのけて、アリスの頬を叩く。
「おい、起きろ」
「んむー……、あとごふん……」
「寝ていいからその前に体くらい洗え。このままじゃ、片付けもできない」
 明らかに死体としか見えないアリスの寝言に呆れる。アリスは、眠そうに目を擦って、紫苑の目を開く。既に首の傷はあらかた癒えていたが、失った血が回復するまでには多少時間がかかるのだろう、青ざめた顔でぼんやりと俺を見上げた。
「おはよう、リアン」
「もう夕刻だ」
「そっかあ……」
 いつになく気の抜けた声で言って、アリスはゆっくりと体を起こす。それから、血まみれの寝台を見渡して、死んだ男に目を向けて、「あっ」とやっと合点がいったように頷いた。
「また殺されてたんだ、私」
 どうも酷い血の臭いだと思った、と朗らかに言うアリス。こいつの感覚が色々死んでるのはわかってたつもりだが、こうもずれてると、何か言ってやろうという気すら失せるというものだ。
 血にまだらに染まってしまった白髪をがりがり掻いて、アリスは心底落胆した顔を浮かべる。
「あーあ、この着物、気に入ってたんだけど」
「気に入ってるなら、こういう時に着るなよ」
「いつ誰が来るかなんて、わからないじゃない」
 子供のように、ぷうと頬を膨らませて訴える魔女。やめろかわいくない。
 流石にアリスも俺が嫌な顔をしたのがわかったのだろう、すぐに袖を通していただけの着物を脱いで、一糸纏わぬ姿で床に下りた。
「お湯、浴びてくるわ」
 もう、血も随分回復してきたのか、多少ふらつく足取りながらも、ぺたぺたと足を鳴らして奥の湯浴み場に歩いていく。
 俺は、つい、そんなアリスの後姿に呼びかけていた。
「なあ、アリス」
 アリスはぴたりと足を止め、きょとんとした顔で俺を振り返った。
「何?」
「こんなこと、いつまで続ける気だ。……何て言ったっけ、この遊び」
「かぐや姫ごっこ」
 かぐや姫、というのは、旧い時代の御伽話らしい。詳しい話は知らないが、求婚者に無理難題をふっかけるお姫様が出てくるのだとか。
 それを真似て、近頃のアリスは永遠の命を求めてやってくる客人に、必ず一つの難題を課す。例えば、今回のように、存在するかもわからない宝物を探して来い、といった風に。その苦労を対価に、お前の望みは叶うのだといって。
 そのほとんどは、難題を前に挫折する。はなっから難題を無視して望みを叶えようとする奴や、露骨な嘘をついて難題を切り抜けようとする奴は、俺やこの塔に詰めたアリスの「崇拝者」によって肉の塊になるだけだ。
 ただ、時々。本当に時々だが、難題を攻略してくる奴もいる。そいつらだけが、魔女アリス・ルナイトに対して、永遠の命を分けてもらうためのろくでもない「儀式」を施すことが許される。
 魔女と交接するだとか、魔女の血を浴びるだとか、魔女の心臓を喰らうだとか。
 そういった儀式を経て、結果的に、生きて帰ってきた奴は一人もいない。
 アリスに言わせてみれば「そんなやり方で永遠の命が手に入るなら、この世はとっくに不死者で溢れているわ」とのこと。
 要するに、そういうことだ。
「いいじゃない、私は、面白いものを見せてもらえる。向こうさんは、願いを叶えた気分になれる。双方幸せ、大事なことよ」
「俺は全く幸せじゃねえんだがなあ、アリスさんよ」
 それは知らない、とばかりに背を向けるアリス。俺の扱いが悪いのはわかっていたつもりだが、毎度毎度、死体を片付けて部屋を掃除する身にもなってくれ。
「でも、そろそろ飽きてきたから、次は他の遊びにしようかしら」
「今度は、俺の手を煩わせない遊びにしてくれ、頼むから」
「考えとく」
 それは「考えたふりはするけれど、実際には全く考慮しない」と同じ意味のはずだ。ひらり、と金色の手を振るアリスに、俺はもう一つだけ、聞きたかったことを問いかける。
「アリス」
「なあに?」
「こんなことして、楽しいか?」
 その問いに、アリスは、振り向きざまににっと笑う。今度は空っぽな笑顔なんかじゃなくて、かつてのこいつがよく見せた、歪ながら不敵な笑い方で。
「ただ、息をしているだけよりずっとマシよ」

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